RECORD
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「…………」
加熱終わりのバイブで咥え、
メンソールの香りを吐く。
部室で裏世界の話題が出て、
思わず逃げるように出てきてしまった。
強い忌避感を覚えた、事は、理解している。
逃げたところでその話はそこから無くならないことも。
ただ自分が、表と裏の境界を侵されたくないだけ。
裏に日常が侵食されていくのを見たくないだけ。
「…………はあ」
本当にずっと、自分ばかりがかわいいんだな、と。
呆れに似た自嘲が湧いてきて、それでいいんだと宥める自分もいる後ろで、
このままだと置いて行かれると。焦る気持ちが疼いているのだって気付いた。
日常の側から、彼らが吞み込まれないように
見守っていたいと思っていた筈だったのに。
表と裏の境界線を太く引いているが故に
表に滲みだすソレに着いていけなくて目を逸らしてしまうのは、
……本末転倒だろう。一体それで、誰の手がつかめると。
そんなのが言い訳な事も分かっている。
裏世界が、表世界を侵犯している。
日常に裏世界が滲みだしている。
それが当たり前になる事がただ恐ろしいだけだ。
異質なものや暴力が当然のように口にされるのも、
その中に身を置くことに疑問が抱かれないことも。
それらを受容できなくて、自分ばかりが置いてかれるのは恐ろしい。
独りでいる事なんてさほど怖くなかったはずなのに。
「……………」
受け容れてしまえばいいだけだ。
裏世界だって、主が作りたもうた世界なのだと
コンちゃんだって言っていたのだから、そうだと。
この混沌は拒むべきものではないんだと。
受け容れれば、いいだけなのに。
頭の中でずっと警鐘が鳴っている。
慣れれば、馴れれば、それでいいはず。
縋るように聖書を開いた。
こちらも日常にしてしまえば、いいだけ。
ページを捲る手が震えていた。
此処にいたくない。そう思う自分を叱りたくないけれど、
此処で引き返したところで何にもならない事は分かっていた。
少しでも、長く居て、馴れなければ、意味が無い。
「……“恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。
たじろぐな、わたしはあなたの神。
勢いを与えてあなたを助け、わたしの救いの右の手であなたを支える。”……」
口にしてみても震えが止まらないのは、
自分の信心が足りないのだろうか。
主の言葉に縋ろうとしながらも尚、疑っているのだろうか。
不必要な自己嫌悪が湧きそうで、またページを捲る。
「…………」
日が暮れてからの、涼しい風を感じる。
少しずつ現実に引き戻される感じがして、
ようやく、まともに息が出来る心地がした。
「…………そうだ、」
救いは、自らで齎すものだ。
スマホを閉じて、ポケットにしまう。
聖書を開く。自分を助けてくれる言葉を探す。
自分を救える言葉を探す。
何も無ければ、きっと夜明けの頃まで。
ふらつく足で、部屋に戻る。
ひとまず大丈夫とは思ったけど、精神を摩耗したのは否めないから
下手したら寝込む気はして、それなら連絡しとかないと、と、
思いは、した、けれど、
……あれ。
今までどうやって、他人を頼ってたんだったか。
すこし、分からなくなって。
ひととの、距離感、というか。そういうの。
……何もしないで結局、布団に潜り込んだ。
暑いはずの気温の中、なんだか、寒くて。
主の愛を確かめるように、身体を丸めていた。