RECORD

Eno.458 烏丸_椿の記録

沙羅非-Ep.5.2:顔無し・弐

 夜。枯れた山。険しい道。
 そんな景色には、場所には、不釣り合いなセーラー服の女生徒の姿。

(次が、最後の納品物)



 既に納品を終えた五種には横線を。
 これから回収に向かう品物──"宵の桃仁"には、赤丸をつけて。

 彼女は、暗い道を進む。

(……注意しないといけないのは──)



 進みながら。
 事前に得ていた情報を、思い返す。

『宵の桃仁の原材料は、名の通り夜の間にしか採れません。……といっても、裏世界での夜ですから、正しい夜ではありませんが』

『素材になる桃は、果肉も種子も日光に極めて弱く、日の光が差せばたちまちに果肉は腐り、枯れてしまうのです』



『しかし……その種には、通常の桃仁以上の薬効が有ります』

『本来であれば、女性に対しては禁忌薬なのですが。そこは量を調整してどうにかします』


『問題は……』


『その原材料が採れる木』

『動くんですよ』




 ──それが、一時間前の話。


 彼女が対面していた神秘は……桃の木は、確かに動いていた。
 だが。

「限度が、あっじゃろがっ」



 まるで虎のように機敏に動き、群れる枝葉。
 それらは鞭のような軌道を描きながら、彼女を、彼女の剣を間合いの外へと追いやる。

 本体らしき幹は動かずとも、枝葉がこれだけ動いていれば、身を守るには十分だろう。
 遠間にて、打開策を考えながら……そして、絶えず迫る枝葉を斬り躱しながら、凌ぐ。

 凌ぐ……──はずが。

「──ッ」



 確かに避けたはずの枝葉が、頭部をかすめ。髪を断つ。
 風圧に巻き込まれ、姿勢を崩し。次の攻撃を躱すため、大きく跳ねる。

(っ……この感じ)



 さらに遠間へと追いやられ、攻めあぐねる。
 先の、"躱したはず"という感覚には、覚えがあった。

 何よりも。

 奴に最初に与えられた、腹部への一撃が。
 嫌でもその時の記憶を忘れさせずにいた。

(十中八九──幻覚か、何か)



 最初に攻撃を受けた時は、確かにその枝葉を斬り捨てたはずだった。
 だが。

 斬り捨てたはずの枝は繋がり、葉は元の枝にくっついて。
 困惑も間もなく、彼女の腹部へと衝突した。

(もしこれが、戦ってること自体が、幻覚じゃなければだけど)



 もしも最初から幻覚を受けていたなら。この戦いそのものが幻覚なら、状況は既に死に等しい。
 だが……そう断定するには傷は浅く、そう結論付けるには早く。

(体はまだ、痛みを確かに感じている)



 消えない痛み。幻の痛みの可能性もあるが、少なくとも今は、痛覚だけが正気の証拠だと。

(なら、まだ、戦える)



 彼女は刀を握り直して。
 呼吸を、体勢を整えて。

 再度。樹木に向かって駆ける。

 迫る枝葉を切り落とす。
 幻覚によりずれる感覚を込みで、二重三重に刀を振る。

(当たりは、するっちゃけどね)



 大方読み通り、大方予想通りの状況。
 しかし、数歩進めば……。

「──」



 枝葉は、これまでの数倍以上に増殖し、膨張し。彼女の侵入を拒む。
 斬り落とそうとした刀に、枝葉は絡むように再生し……それを予見し斬り捨ててもなお、他の枝葉が彼女を襲う。

 身を翻し。刀を巻き込み。全周囲に剣光を走らせる。
 しかしそれでも。この状況を覆すには不足していて。

(足を進めるには……もう一段階、踏み込まないと)

「……っ!」



 やがて。
 間隙を縫い、剣の軌道を無視して迫る枝葉に……再び彼女は、刀は弾かれて。

 状況は、盤面は再び、最初からに戻される。
 ……否。消耗を含めれば、彼女の不利と言う他ないだろうが。

「どうすっかね……」



 彼女は諦めず、打開策を練る。
 打開策を練る……間に。

 ──背後の雑木林から聞こえた、何かの動作音。そして飛翔音。

 音に反応して彼女は刀を振り抜く。
 鋼製の矢が弾かれ、火花が散り、地に落ちる。

「……敵でよかやがね」



 推定敵に、念のため。確認を取る。
 ……雑木林から。小柄な影が身を表す。

 手元には、クロスボウらしきもの。おそらく人間なのだろう。顔も……ただの少年にしか見受けられない。
 彼女はそれを見据えて、刀を手放さず、様子を伺う。

「あれは、僕の獲物だ」

「僕の獲物を奪うなら、お前は敵だ!」



 睨み合い。
 

「……」

「今なら、逃がしてやる。さっさと、僕の前から失せろ!」



 クロスボウと、刀。

 間合いはクロスボウが有利であり、彼女は桃の木の怪奇と彼に挟まれている。
 逃げ場はない。

「悪いことは言わん。そんなんじゃあいは倒せんよ」

「っお前だって、倒せてないだろ! 弓矢の方が強いんだぞ!」

「……はあ」

「はあってなんだよ! 僕は本気だ、これ以上抵抗するなら──」



 逃げ場がないなら。

「うちは、人間が嫌い」

「ッ?!」



 彼が集中を一度切らした間に。彼女は一息に間を詰めて。
 クロスボウの引き金を弾き、暴発させる。

 張っていた弦は走り、矢はあてもなく飛び去り。無力化される。

「お、まえ……怪奇か?!」

「人間やっけど、ちょい違うだけ。とりあえず、これで矢は無くなった」



「素人やっちゃろ。目的は……どうでもよかやっけど、手伝うなら許す。そうじゃないなら……」

「……」



 明らかな力量差。
 負傷しているように見えても、場慣れしているのは明らかに彼女の方である。

 彼はいくらかの迷いを見せて……から。

「また撃つかも、知れないんだぞ」

「そんときゃ斬る」



「……」

「わかった」