RECORD

Eno.1348 紙谷兄弟の記録

使用人の手記



慧門様は、木栖様の不調の原因は自分にあるのではないかと思っていらしたようです。その場で確実に違うとお伝えしましたが、納得してくださるかは別なので心配です。
確かにきっかけは慧門様の起こした事件ではありました。それについても心を痛めてはいましたが、直接的な理由ではありません。神秘氾濫を起こさせないために動いたところ、知らなくてもよかったことを知ってしまっただけ。
むしろ慧門様は、木栖様にとって唯一不調を和らげてくれる存在でしょう。他者に愛を与えるのは自己肯定に繋がりますから。かなり依存しているのは問題ですが、今はそれしか道がありませんから。


そもそも木栖様は幼少期から周囲に落ちこぼれ扱いされていたため、必死に自分は有用であると主張及び証明をしてきました。この時点で精神的に不安定だったことは確かです。その努力が実らなかった事実が、木栖様をここまで追い詰めた。
更に畳み掛けるように、自分の出生についての情報を知ってしまったが故に、精神障害の発病に至りました。絶対的な存在否定をされたので仕方のないことだとは思います。

医師の診断は付いていないので完全に予想の状態ではありますが、二重人格のような状態になったのは6月12日、木曜日のことです。当日の記録はまだ残っています。
管理局で神秘は人を殺せるものだから気軽に使うのはどうなのかという問題提起を行ったところ、その話題を避けようと去られた方が多かったのがきっかけだったのでしょう。自分の言葉は伝わらないと、再確認してしまったが故のことなのは想像が付きます。
今までがそうだったのに他者にまでそのような態度を取られては、実家での異様な待遇が正しかったのだと思ってしまったのだろうと私は解釈します。
事実、拠点で嘆かれていたのは全部無駄だったという旨ですから。


宮部氏が訪問した際、一切の行動をやめて何も考えない時間を作るように言われて答えられなかった理由は、一気に言葉を浴びせられたからではありません。ここで困らせるようなことを言わないよう、言葉を選んでいたためです。悩んでいるときは慧門様の頭を撫でる癖がありますから。結局まとまらなかったのか、無言になってしまったようですが。
記録を見せたのは、木栖様なりに助けを求める行動だったのでしょう。自分がおかしくなっていると明確に口に出したのは初めてではないでしょうか。

宮部氏は木栖様の不調は実家を出て環境が変わり、他者との関わりを余儀なくされたのがきっかけだと思っていらしたように見えました。自分が講義を紹介し、同年代の人と関わるように言ったことを悔やんでいる旨も伝えてくださいましたので。
しかしながら、木栖様が自主的に参加された講義内容そのものに問題があったわけではなく、その後の有志生徒間でのディスカッションにおいて、他者との違いを知ってしまったが故の苦悩であることは容易にわかりました。誰かにひどいことを言われたのではなく、単純に価値観の根っこから違うという点にショックを受けた様子でした。
講義内容自体は木栖様が持ち帰った資料に書かれている通り、至って一般的なものです。これを見て悪化することは無いでしょう。この件については誰も悪くありません
自身に起きたことについて真剣に向き合う必要があり、他者の意見を聞いてまっすぐ立てない自分を恥じたという旨が書かれた記録もありました。今は破り捨ててしまったようですが。


生育環境による認知のズレが災いし、言葉をそのままの意味で受け取れない。木栖様以外にもそういった方をお見かけしますが、そういった方々にはどのように接すればいいのか、私にはわかりません。
慧門様と木栖様は、相手をもてなすことで少しでも安らげるように努力されているようですが……その場しのぎでは誰も救えないと思ってしまいます。

そろそろ私も、他者との交流に参加すべきなのでしょう。木栖様を無理矢理にでも休ませている今、少しでも緩和したいところです。慧門様のためにも。そして、私のためにも。