RECORD

Eno.458 烏丸_椿の記録

沙羅非-Ep.EX2:夏料理

 蒸し暑い夕暮れ。学生向けのシェアハウスに、汗も拭かずに駆け込んで。
 彼女は忙しく、厨房に立ち入り……同居人への断りもなく、せっせと夕飯の準備を始める。

(めんつゆと……かつおぶし)

 レシピは全て覚えている。材料も……足りているはずだ、と。
 いつにもまして手際よく、彼女は昔の記憶を、経験を頼りに……。

「──っよし」

 気合を入れて、料理を始める。

 まな板を水で濡らして、綺麗な布巾でさっと拭いて。
 野菜は軽く水洗い……準備を済ませたら、さくさくとんとんと切り進めて。

(……)
(刃物だけは、得意やがね)


 具材を切り込む度に思い出す、祖母の躾。

 口うるさい祖母であったが、刃物の扱いだけは褒められた覚えがあった。
 肝心の料理はと言えば……"大雑把"との評価だったが。

(うち、そんな細かいの気にせんしっ)

 フライパンに具材を投じて思い出す小言。
 後出しでやいのやいのと騒ぎ立てる様は、当時でも不愉快であったし、今でも不愉快だが。

(めんつゆ、大さじ二杯……)
(……)

 なんだかんだ。教えてもらったことは覚えているもので。
 嫌には思っていても、憎むようなことはできず。

(……)
(あいがとね)


 口にはせずとも。ここには居ない祖母に、感謝して。

 まずは一品、完成させて。熱いうちにタッパーに詰めて。
 続いて二品、三品と……料理を続け。

 それから、数十分後。

「……ふー」
「こんなもん、かなっ」

 出来上がった料理。に、ラップをして。
 そして肝心の……おすそ分け用のタッパーに、それぞれの"お品書き"をしたラベルを貼り付けて。急いでビニール袋に詰めて。

 暗くなる前に。
 彼女は再び、蒸し暑い外へと飛び出していく。

(……急がないと)

 誰に急かされているわけでもない。
 彼に望まれているかもわからない。

 ただ彼女は……自分が思うままに、走って。

(……)
(理央先輩、喜ぶかな)


 自分が思うままに。
 彼の反応を、期待する。