RECORD

Eno.345 天海矢 譜律の記録

痛みはないと思います

僕と出身地が同じひとと偶然会いました!
別に深い知り合いでもなかったんで僕は向こうのこと覚えてなかったんですけども!

どうでもいいひとのことはどうでもいいんですけど、
そのひとが僕にべらべらと話した情報の一端はちょっと無視できないもので。
僕はこれまで知らなかった僕のことを少し知ることになりました!
嘘情報の可能性も考えたんですけど、残念ながら語ってくれたひとの愚かさを考えると
即興でそんな作り話はできないだろうから多分真実だって結論にしかならなかったんですよねー。

◆◆◆
アザーサイドコロニストと呼ばれる集団が台頭するよりも少しだけ昔のこと。
ある土地で小競り合いをしていたいくつかの勢力のうちの一つに、悪魔の集団がありました。

集団を束ねていた長は、戦いを有利に進めるために自分の悪を洗練させようと思いました。
その手段とは、自分の中にある良心のかけらを文字通り取り出してしまうことです。
ただ心配もありました。大きな力を持つ長から零れ落ちた良心は、力を帯びた正義の存在――敵になりかねません。
かと言ってかけらを砕くのも、ばらまかれた破片が周囲になにかしら影響を及ぼすかもしれず厄介でした。
そこで、取り出した良心を邪悪な者に取り込ませて『中和』を試みることになりました。

白羽の矢が立ったのがフリッツという名の悪魔です。
悪魔にしてはおかしな名前ですが、
天使を模した容姿と精神干渉する光を使うことで他の種族を騙して破滅へと誘導するという少し異色の存在でした。

主の良心を押しつけられたフリッツは、生き延びこそしましたが見事に破壊されました。
それまでの一切の記憶を失って、見目も力も弱々しくなって、微かな倫理観余計なものが言動から滲み出るようになりました。
悪魔の集落に置いていてももうなんの役にも立ちません。
集落の者は一通りフリッツを苛め抜いて本当に記憶が無いのを確認すると、さっさと奴隷商に売り払ってしまいました。
◆◆◆

そうして就職した先が、フリッツって発音に馴染みのないひとの方が多かったから
名前はフリツ……譜律だってことになったんですね!
確かに最初に目覚めてから売られるまでの間すごく苛められてた記憶があります!

すごく困ったことになりました。
僕は過ちこそ犯したけど、直接誰かに悪意を向けたことはなくて。
だから秩序の中に入り込んでても許されるんじゃないかって思ってたんです。

本来のフリッツは悪しき存在で、小さな誇りのように思ってた良心は他者に押しつけられたものをなぞってただけ。
僕自身に善良な部分って、なくないですか?
そもそも僕って本当はいなくないですか?
誰かの残骸に誰かの廃棄物を乗っけただけの粗悪品じゃないですか!

自分が天使の偽物なのはわかってたんですけど、まさか僕自身が紛い物だったなんてさすがに思ってませんでした!
結構ショックが大きいみたいです! なんかだいぶ久しぶりに涙が流れました!
でも涙も感情もきっと偽りのものなんですよね。虚しいー。アハハハハハハ。