RECORD

Eno.305 神楽 紗耶の記録

むかしばなし そのに



その少女は表世界から迷い込んできた迷子でした。
わけもわからず歩き回り、帰り道がわからないと泣いていました。




鈴蘭は祠の中から少女に語り掛けます。

「あなたの姿を私にちょうだい」

「そしたらあなたを帰してあげる」

鈴蘭は見飽きたこの景色を抜け出して、外を歩いてみたくなったのです。
そのためには人の姿が必要でした。
少女の形だけをそっくり真似したいと鈴蘭は語り掛けます。




少女は頷きました。
姿を真似るくらいならなんてことないと思ったからです。
それが"神秘"に触れることになるとは思っていませんでした。

鈴蘭は少女と同じ形を取り、色は自分をかわいがってくれた巫女に寄せました。




鈴蘭は初めて自分の足で歩きました。
鈴蘭は初めて自分の声で話しました。
少女の手を握って、おしゃべりをして山を下ります。
自分の言葉を伝えられることが嬉しくて。
"友達"ができたのだと嬉しくなって。



山を下りた後は、少女をアザーサイドコロニストに預けました。
一番安全な出口へと送り届けてくれるのは彼らだと知っていたからです。
手を引かれていく少女に鈴蘭は手を振ります。

「また来てね。また遊ぼうね。待ってるからね」

少女もそれに手を振り返して去っていきました。



けれども、待てども待てども少女は裏世界に戻ってくることはありませんでした。

"神秘"を知った幼い少女を機関の人間は哀れみ、記憶を消してしまったのです。
その結果、少女にはうすぼんやりとした遭難の記憶と奇妙な体質が残されました。

それから約7年後。少女が再び足を踏み入れた時に鈴蘭は歓喜と怒りに震えました。
だから、もう二度と忘れないように深く深く彼女の心と体に刻み付けたのです。
表世界で暮らすのはいい。だけど、自分たちは友達なのだから忘れないでほしかったと。

鈴蘭は今も、あの祠で少女に力を与え続けています。


古ぼけたお社
登山道の中にあるお社。鈴蘭と水仙が咲き誇っている。