RECORD
Eno.359 雁倉ヌヴェルの記録
5mmを隔てた異界
私はときどき鏡に映らないことがあるの。
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現実と鏡。表と裏。
鏡に映る私は、観測可能な他者でありながら交わることのない存在。
静止画のような自己。誤差のない死体。
鏡という装置は、世界の構造を反転させる擬似的異界。
私、たぶん死後って、鏡の中に入るんじゃないかなって思ってるわ。
現実じゃない。触れられない。でも、そこに居続けることはできる──誰にも傷つけられずに。
肉体が火に焼かれた後の魂の一時保存領域として、鏡があるの。
それは、罰でも祝福でもない。
ヌヴェルは鏡の中に行きたいって思ったことないかしら?
怪奇退治に使えそうな新しい道具を探している。
古めかしい鏡に目が止まった。
「鏡か。呪術の心得はないけど、
小道具としては悪くなさそうね。
怪奇に己の姿を見せることで問いに替えることができる」
それを手に取る。
手に取った鏡で自分の顔を映す。
自分が映る。
しかし、それは自分ではない。
なぜなら、鏡面と自分の距離を光の速度で割っただけのズレがある。
鏡に映る自分にいつも違和感があるのは、そのせいなのかもしれない。
「ヌヴェル、おまえは自分という定義に納得しているか?」
当然、鏡の中の自分は沈黙している。
そこにいるのは、意味を持たない自分。
「1,2,3,……よし」
己の呼吸と心拍を数える。
鏡を手に、立ち去る。
自分はまだ途中にいる。
鏡の向こうにはいない。いられない。
現実と鏡。表と裏。
鏡に映る私は、観測可能な他者でありながら交わることのない存在。
静止画のような自己。誤差のない死体。
鏡という装置は、世界の構造を反転させる擬似的異界。
私、たぶん死後って、鏡の中に入るんじゃないかなって思ってるわ。
現実じゃない。触れられない。でも、そこに居続けることはできる──誰にも傷つけられずに。
肉体が火に焼かれた後の魂の一時保存領域として、鏡があるの。
それは、罰でも祝福でもない。
ヌヴェルは鏡の中に行きたいって思ったことないかしら?