RECORD
Eno.203 犬奔 熒惑の記録
【犬奔 熒惑の日記】
午前中、ベンチの左端に座っていた。背もたれの角度が思ったより浅い。数分経つと、日差しが膝に当たった。日陰を探す必要はなかった。飲みかけの紙パックを指で押して、ほんの少し凹ませた。飲みきるかは、そのときまだ決めていなかったので。
昼を過ぎた頃、靴紐の結び目が緩んでいた。結び直すつもりだったけど、二歩歩いたら忘れてしまった。忘れたことに気づいたのは、たぶん五歩目あたり。誰も気づいていなかったので、戻る理由もなかった。
午後、階段の数を数えることにした。上りと下りで数字が違っていた。どちらが正しかったのかは、今でもわからない。途中ですれ違った人の顔は、すぐにぼやけた。挨拶を交わしたかどうかは、その人が覚えてくれていればいいのだけど。
苹果ちゃんのお店で働かせてもらうことになった。なにが得意なのかを訊かれて、とっさに答えられなかった。頭が真っ白になる思いだったけれども、最終的に絵を少し描いて、POPとして飾ってもらった。お客さんに応対する彼女は自信に満ち溢れていて綺麗だ。
夕方、窓から風が吹き込んできた。カーテンが揺れた音がした。机の上に置いてあったものが少し動いた気がする。もともとそこに置いた覚えがないような、そんな気がした。カーテンが落ち着いたあと、音はもうしなかった。机の上は今は空っぽだ。
夜、電気を消すと部屋が暗くなる。しばらく暗い中にいた。目が慣れていくのを感じた。目を閉じた。まぶたを閉じても闇の中にまだものがあることを誰が保証してくれるんだろう。
昼を過ぎた頃、靴紐の結び目が緩んでいた。結び直すつもりだったけど、二歩歩いたら忘れてしまった。忘れたことに気づいたのは、たぶん五歩目あたり。誰も気づいていなかったので、戻る理由もなかった。
午後、階段の数を数えることにした。上りと下りで数字が違っていた。どちらが正しかったのかは、今でもわからない。途中ですれ違った人の顔は、すぐにぼやけた。挨拶を交わしたかどうかは、その人が覚えてくれていればいいのだけど。
苹果ちゃんのお店で働かせてもらうことになった。なにが得意なのかを訊かれて、とっさに答えられなかった。頭が真っ白になる思いだったけれども、最終的に絵を少し描いて、POPとして飾ってもらった。お客さんに応対する彼女は自信に満ち溢れていて綺麗だ。
夕方、窓から風が吹き込んできた。カーテンが揺れた音がした。机の上に置いてあったものが少し動いた気がする。もともとそこに置いた覚えがないような、そんな気がした。カーテンが落ち着いたあと、音はもうしなかった。机の上は今は空っぽだ。
夜、電気を消すと部屋が暗くなる。しばらく暗い中にいた。目が慣れていくのを感じた。目を閉じた。まぶたを閉じても闇の中にまだものがあることを誰が保証してくれるんだろう。