RECORD
Eno.629 三巳 千葉の記録
思い出されるのはあのこと
勘違い、見間違いというものは幾らでも生まれる。
例えば自分が『不思議な出来事』に会った時。
鍵をかけてないはずの扉が固く閉じられてたり、
誰もいない教室から足音がしたり。
そのような出来事に直面した時、その時に必ず勘違いというものは生まれる。
それは、“おばけ”“ようかい”などの曖昧な存在の想像。
摩訶不思議な存在がどこからともなく表れて、
「自分たちの現実を脅かしに来たんだ」という
恐怖を伴う妄想となってしまうことがある。
……無論、結局はそれは全部勘違いや見間違いでしかないから、
ちょっとした現実的な要因で、それらの想像や妄想は片されてしまうけど。
だって、
不意に窓がガタガタと鳴るのは大抵風のせいだし、
突然花瓶がガチャンと散り割れたのは猫の悪戯であって、
一軒家の天井から響く物音は、ネズミが住処にしている証でしかないから。
そう考えている。そうである。違いない。
そんな曖昧なものは現実にいるはずがないし、
科学で証明できないなら存在しないのと同じだ。
恐ろしい事件の怨念なんて最初からないし、
鏡の向こうの世界に誘われることなんてありえないし、
古く閉ざされた森で神隠しに会うのも嘘っぱちでしかない。
嘘っぱちでしか、ないよね?
だから、あの日は機転というものだったのかもしれない。
赤く濁った夕焼けに迷い込んだこと。
いつもの街が見知らぬ場所のように見えたこと。
誰かがずっと自分を呼んでいたこと。
影がずっとずっと伸びてったこと。すぐそこにあったこと。
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その直前に、助けてもらったこと。
表世界という言葉と、裏世界という知らない世界を教えてもらったこと。
全部、本当のことだった。
例えば自分が『不思議な出来事』に会った時。
鍵をかけてないはずの扉が固く閉じられてたり、
誰もいない教室から足音がしたり。
そのような出来事に直面した時、その時に必ず勘違いというものは生まれる。
それは、“おばけ”“ようかい”などの曖昧な存在の想像。
摩訶不思議な存在がどこからともなく表れて、
「自分たちの現実を脅かしに来たんだ」という
恐怖を伴う妄想となってしまうことがある。
……無論、結局はそれは全部勘違いや見間違いでしかないから、
ちょっとした現実的な要因で、それらの想像や妄想は片されてしまうけど。
だって、
不意に窓がガタガタと鳴るのは大抵風のせいだし、
突然花瓶がガチャンと散り割れたのは猫の悪戯であって、
一軒家の天井から響く物音は、ネズミが住処にしている証でしかないから。
そう考えている。そうである。違いない。
そんな曖昧なものは現実にいるはずがないし、
科学で証明できないなら存在しないのと同じだ。
恐ろしい事件の怨念なんて最初からないし、
鏡の向こうの世界に誘われることなんてありえないし、
古く閉ざされた森で神隠しに会うのも嘘っぱちでしかない。
嘘っぱちでしか、ないよね?
だから、あの日は機転というものだったのかもしれない。
赤く濁った夕焼けに迷い込んだこと。
いつもの街が見知らぬ場所のように見えたこと。
誰かがずっと自分を呼んでいたこと。
影がずっとずっと伸びてったこと。すぐそこにあったこと。
「──っ」
その直前に、助けてもらったこと。
表世界という言葉と、裏世界という知らない世界を教えてもらったこと。
全部、本当のことだった。