家を変えた。
人生で3回目のことだった。
手続きは想像よりも面倒で、扶養者をこの場に呼べない不都合を少しだけ恨んだ。
定期の更新が面倒だったが、南部に居住まいを移した。
それから学校に届出を出した。住居変更と通学路変更。
理由添えには会社の方も手伝ってくれた。
裏世界への戸を開く。
“自室”がそのまま繋がっている。
だから、表世界の僕の部屋には窓がない。
仕方のないことだけれど。
……存外、話を持ちかけられた時から、自分は迷っていなかったような心持ちに、今は感じている。
当時はどうだっただろう。話術や状況に踊らされただけ、なのだろうか。
裏世界に足を踏み入れたあの日のように、
特異な感覚の一切ない、“地続き”の床がそこにある。
裏世界に近づいていくことを、たしか、一部の友人が心配していた。
秩序や規範を手放すことを、たしか、一部の友人が危惧していた。
自分の日常が変わることを、たしか、一部の友人が恐れていた。
目を閉じたら、そうした、友人の言葉の数々が頭によぎる。
そのひとつひとつを、
僕は、きっと、
否定して生きている。
裏世界に近づかないことは、自分の世界から、裏世界を切り離す行為だ。
秩序や規範を手放さないことは、自分の世界を、秩序の範囲内に留める行為だ。
自分の日常が変わらないことは、自分の世界が、今のままで良いと認める行為だ。
それは妥協だ。
世界を正しくないままにする行いだ。
不完全で欠落のある自分を改めないことだ。
正しくなりたい。
正しくありたい。
正しくしたい。
正しくあってほしい。
正しくあろうとしてほしい!
だから、家を変えた。
戸を変えた。
窓を変えた。
それから、

天体観測
(1).『天体観測』は、対象者が帯びている神秘によって発揮される超常的な能力(以下[異能])である。
(2).この異能は対象が覚醒状態にある場合、恒常的に効果を発揮している。
(3).この異能は対象の視界内に存在し且つ「光」と認識する物体または事象を明瞭に観測する。*1
(4).対象は、(3)によって観測された物体または事象の位置・外見状態を一定時間認識していた。*2
(5).対象は、(3)によって網膜やその他眼球を損傷することなく観測を続けることができる。*3
(6).この異能は、対象の視界内に光線など集積された光を生成することができる。
(7).対象は、(6)によって生成した光に指向性や質量を持たせることができる。
(8).(6)によって生成された光は他の物体に干渉する。*4
(9).(6)によって生成された光の効力は、対象が光を視界内に留める間持続する。*5
*1.観測範囲は現在計測中。
*2.計測結果から、「人間が特定の残像を認識できる時間」と相違ないものと考えられる。
*3.長時間にわたって一定以上の光度の物体または事象を観測した場合に、対象が頭痛を訴える事例を確認している。神秘の効力に対して人間の脳機能が追いついていないことによって生じるものと考えられる。
*4.心象エネルギー哲学履修時、対象はこの特性を用いた戦闘を行うことを示した。
*5.まばたきでの消滅を確認済み。
戸の裏に、光を隠した。