RECORD
解明:影の病②
食事をしながらSURFの返信。行儀は悪いが今こうして聞きたいことがある。
箸で最後のチヂミを摘まんで口に放る。デザートがあるからか、ごちそうさまはまだだ。
『黒マスクさんは 味わかったら気になる食べ物とかあるの?』
返信を待つ間にはしおしおになったタマガイくんの描かれたメモを読むことにして、少しだけ笑顔を零す。
『…うーん、今まで誰かと一緒に食べたものをもう一度食べてみたい…とか?』

(……誰かと一緒に食べたもの、か)
デバイスのメモを開く。
彼女が今まで自分が人らしく振る舞うためにつくってきたもの。その記録。
それは自分の記憶よりも随分確かなものたちだった。
自分の感じた薄い感覚の言語化。それから、ネットで調べたり他者から聞いた「本来の感覚」。
……思えば、先日貰った『言語化能力に長けている』というのもこういった癖のおかげなのかもしれないが。
(……リボンちゃんに貰ったソーダアイス。彼女も味覚が薄いと言っていたけど、冷たいのは分かるらしい。
僕が味だけ分かったら、お互いの感覚を合わせたらそれなりに『ソーダアイスの味』が分かるんだろうな)
(……金髪くんやピアスちゃんに作ってもらったものも、もう一回同じものが食べたい。
けど、手料理はな。条件に引っかかる可能性が高いから保留か)
(……クリームソーダの飴。は、良い思い出とは言い難い……。
あの時味を知っていれば、……あんなややこしいキスはせずに済んだんだが)
(アップルパイ、カラオケの試作コーヒー牛乳、お寿司、海鮮丼、お祭りで食べたもの……)
そうしてメモを眺めるごとに、簡素な文章であろうと思い出に浸ることが出来る。
あぁ、残しておいて良かったと自分ながらに思うのだ。
――ピコン。通知音。
『もしかして、味覚得たの…?』

「――……あ、」







「――待って!!まだ、まだ僕はやることが残って、」

「それは分かるんだけど……。これってそういう契約だったでしょ?
最初にしっかり言ったはずだよ、覚えてない?だとしたら君の過失だよ」
少し困ったように笑って、少女は言葉を返す。
いつものように人差し指で唇を触る仕草。彼女は彼女を模倣する。

「"君の狂った脳を少しだけ治してあげる"」

「"ただし取り戻したものを、人に知られてはいけない"」

「"その時は、月待よすがを貰うよ?"」

「君は確かにその時了承した。それによって願い事を叶えてあげたはずだ。
だからこれは契約の範囲内だし君の足元が疎かだっただけだよ」
ノートパソコンのウインドウをスクロールして、SURFに返信を返していく。
まるで今までそこに同じモノがあったように。
自分に何事もなかったかのように。
「違う……!僕は、僕はやるべきことがあるはずだと言った、
そのために君に縋ると、願うと言ったはずだ!
こんな風に中途半端じゃそもそも前提条件が間違ってる!」
……再び、困ったような笑顔。けれどもそれは彼女にとって仕組みを、根柢を揺るがす難癖であったはずだ。
何故なら■■とは元来、人の願いによってその神秘性を保ち、叶えるというプロセスを以て誘因する。
であれば、少なからずそのシステムが否定されることを無視はできないのだ。

「うーん……。仕方ないな。そこまで言うならもう一度助けてあげる。
幸い僕は表世界を見れればそれでいい。裏世界の権利は君に貸してあげるよ。
そしたらお互い嬉しいでしょう?」

「――それで?……その代わりに、君は何を差し出すの?」
「――……っ……!」
やさしいことば。親身で寄り添った落としどころ。けれどもautoscopyの場合は少なくとも善意から来るものでは無い。
なにせautoscopyは何処までも人間らしい怪奇だから。
損得を求め、手を差し伸べれば代償を。人懐こく笑えば好意を支払わせる。
社会性と自尊心、それから承認欲求。月待よすがが"切り捨てるはずだった"ものを得て、成り立っている化け物だった。
そこに善悪の感情は無く、"楽しく過ごしたい"という部分は点対称のように同じ。
戦闘能力に乏しいこの怪奇が敵性存在として判断されない理由は、偏にそういった同一性と加害性の薄さだ。
autoscopyは影の病である限り、人に寄り添う存在なのだから。
そうしてゆっくりと荷重を。ゆるやかに首を絞めてゆくように、彼女は彼女に侵蝕する。
人体の神秘を願ったのだから、その対価は生易しいものにはならない。なるべきではない。
「……、分かった。裏世界で楽しくいられればいい。
僕のやるべきことが終わるまで、そうしていさせてくれ」
「代わりに……代わりに、僕は、君に」
最後のとっておき。辛さを打ち消すような甘いあんみつをスプーンで掬いながら、autoscopyは少女の返答を待つ。
「――――をあげる」
………………。

「……うん。いいよ」

「叶えてあげる。君のやるべきことが終わるまでは、裏世界を君にあげる」

「裏世界は時間の概念も薄い。"二重身"が歩いていても、問題ないだろう。
ああ、でも勿論僕のことは誰にも言っちゃダメ。契約の穴を突けば酷いことになるから気を付けてね」
ぎしり。ぎしり。ぎしり。
「それじゃあ、貰うね」