RECORD

Eno.610 幺幺山 美兎の記録

無題

ふと気が付けば、見覚えのある子供部屋だった。
パステルピンクが主な、愛らしい女児の部屋。

天蓋付きの小さな白いベッド。
白いふわふわのカーペットと、やわらかいクッション。
ベッドサイドの小さなテーブルには、小さな鈴蘭のランプ。

床の一角にはおもちゃが散乱していた。
賑やかなドールハウスや絵本、小さなピアノ、おままごとセット。

うさぎのぬいぐるみが4羽、おもちゃのお化粧セットを囲んでいる。
手鏡と、プラスチック製のルージュ。空のボトルのファンデーション。
赤くて大きなリボンがついた髪ゴムが2本。おもちゃのティアラと指輪。
傍には20代後半の女性に好まれる雑誌の、化粧のページが開かれている。

白いタンスの上には小さな祭壇。
傍には王子様とお姫様のドールが手を繋ぐように座っている。
窓にはレースのカーテンが掛けられ、その向こうから雨の音がした。


***



ふと呼び声に顔を上げれば、部屋の扉の傍。
顔はぼやけているが、穏やかに微笑んでいるであろう両親が手を広げてくれている。

「……パパ、ママ!」


腕の中に駆け込んで、二人を抱き締める。
温かい温度。大好きな匂い。大きな腕の中。
頬を寄せれば心臓の音。良かった、生きてる。
胸に詰まった言葉を押し出すように、言葉を紡いでいく。

「あのねっ、あのね!聞いて、パパ、ママ。
 美兎ね、素敵な彼氏が出来たんだよ。
 世界一優しくて、格好良くて、美兎を愛してくれる人!
 今度ね、パパとママにも会ってもらいたくて───…」


視線を上げれば、至近距離でも顔が見えない両親が己を見下ろしていた。
酷いモザイクが掛かったような、すりガラスの向こうにいるような顔。
それらの口部分がざりざりと動き、何語かもわからぬ言葉を吐き続けていた。



違う。

パパとママはこんな顔じゃない。
じゃあ、どんな顔だったっけ。
……答えられない。

パパとママはこんな声じゃない。
じゃあ、どんな声だったっけ。
……答えられない。


答えられない。


***



怯えて逃げ出そうとした足は、果たして動かなかった。
恐る恐る下を見れば、身体が少しずつ桜の花弁に変わっている。
足の先から、少しずつ削れていく。足首まで削れれば、立つ事も叶わず。
その場に崩れ落ち、助けを求めようと顔を上げれば、両親らしき影は消えていた。
周囲にあった子ども部屋もない。ただ、暗闇が続くばかりの空間にひとりぼっち。

そうこうしている間にも、指が、腕が、下半身が、腹が、胸が、花弁になっていく。
風が吹けば飛んでいってしまいそうな、小さな白い花弁へと変わっていく。
誰も居ない空間で、雨音だけがざあざあと頭に響いていた。


***



誰にも見てもらえないまま。
誰にも愛してもらえないまま。
誰にも気付いてもらえないまま。



***




自分 崩れて く。
  が
      い



***




彼に
    も、


もう
  触
   れる

     事

        す



          ら、



***




***




***


───ひゅ、と息を呑む音で目が覚めた。



夢である、と気付いたのは数秒後。
両親だと思って抱き締めていたのは彼だった、と気付いたのは更に数秒後。


「…………」



細い溜息を吐いて、目の前にある体温に縋る。
もしも、翌朝、本当に花弁になっていたとしても。
貴方だけは気付いてくれますように、と祈りながら。