ふと呼び声に顔を上げれば、部屋の扉の傍。
顔はぼやけているが、穏やかに微笑んでいるであろう両親が手を広げてくれている。

「……パパ、ママ!」
腕の中に駆け込んで、二人を抱き締める。
温かい温度。大好きな匂い。大きな腕の中。
頬を寄せれば心臓の音。良かった、生きてる。
胸に詰まった言葉を押し出すように、言葉を紡いでいく。

「あのねっ、あのね!聞いて、パパ、ママ。
美兎ね、素敵な彼氏が出来たんだよ。
世界一優しくて、格好良くて、美兎を愛してくれる人!
今度ね、パパとママにも会ってもらいたくて───…」
視線を上げれば、至近距離でも顔が見えない両親が己を見下ろしていた。
酷いモザイクが掛かったような、すりガラスの向こうにいるような顔。
それらの口部分がざりざりと動き、何語かもわからぬ言葉を吐き続けていた。
違う。
パパとママはこんな顔じゃない。
じゃあ、どんな顔だったっけ。
……答えられない。
パパとママはこんな声じゃない。
じゃあ、どんな声だったっけ。
……答えられない。
答えられない。
***
怯えて逃げ出そうとした足は、果たして動かなかった。
恐る恐る下を見れば、身体が少しずつ桜の花弁に変わっている。
足の先から、少しずつ削れていく。足首まで削れれば、立つ事も叶わず。
その場に崩れ落ち、助けを求めようと顔を上げれば、両親らしき影は消えていた。
周囲にあった子ども部屋もない。ただ、暗闇が続くばかりの空間にひとりぼっち。
そうこうしている間にも、指が、腕が、下半身が、腹が、胸が、花弁になっていく。
風が吹けば飛んでいってしまいそうな、小さな白い花弁へと変わっていく。
誰も居ない空間で、雨音だけがざあざあと頭に響いていた。
***
誰にも見てもらえないまま。
誰にも愛してもらえないまま。
誰にも気付いてもらえないまま。
***
自分 崩れて く。
が
い
***
彼に
も、
もう
触
れる
事
す
ら、
***
***
***

───ひゅ、と息を呑む音で目が覚めた。
夢である、と気付いたのは数秒後。
両親だと思って抱き締めていたのは彼だった、と気付いたのは更に数秒後。

「…………」
細い溜息を吐いて、目の前にある体温に縋る。
もしも、翌朝、本当に花弁になっていたとしても。
貴方だけは気付いてくれますように、と祈りながら。