RECORD

Eno.340 月待 よすがの記録

解明:影の病③

「――――、くそっ!!」

テーブルを大きく叩く音。乗っかっていた資料がばらばらと崩れて地面に落ちていく。
暫くそのままそうして、息を吐き出す。
裏世界の存在を未だ許されている。かろうじてだ。
しかし表への"門"はくぐれなくなっている。自分には認識出来なくなっているという言葉が正しいか。
これは神秘と同じ仕組みだろう。"存在を否定されることによって、表世界では消滅してしまう"という前提によって、autoscopyが表世界に存在する限り、自分はあちらへ行くことはできない。
寧ろ、裏世界で存在を許されていることが奇跡だろう。

学連デバイスはautoscopyの手に存在するが、悪用することはないはずだ。
何故なら北摩市において、悪性の怪奇として認定されることは彼女の目的とは合致しない。
スマートフォンもあちらにあるが、タブレットのみは使用可能。
SURFによる連絡手段も途絶えた訳ではないがautoscopyの発信したログが確認できることから、最低限が好ましいだろう。

なによりも彼女と契約を果たした。
autoscopyの存在は誰かに明かしてはならない。
自身のやるべきことを果たすまでという期限付きで裏世界で存在する権利を得ている。
そのために払った代償は――……


「――それで?……その代わりに、君は何を差し出すの?」






――僕の記憶をあげる




「……記憶? 今更……。僕は君の"正しく過ごしたすがた"だよ」


「僕が裏世界で君として・・・・過ごすなら、その辻褄を合わせる必要はあるだろう。
 僕の、やるべきことの結果を君にあげる」


「……君も見ておくべきだろう、僕のこれからの記憶」


詭弁だ。autoscopyがこの要求を飲まなければ、月■よ■■は裏世界で実在性を保てない。
その対価が"これから発生する記憶"であるのは単なる人間たちの都合だろう。

「……。わかった」
「……うん。いいよ」


だが、autoscopyはそれを承諾する。優しく人に寄り添う彼女は、人の願いというものを可能であれば優先する。
それは■■として、まるで誠実にその願いを叶えるのだ。

「叶えてあげる。君のやるべきことが終わるまでは、裏世界を君にあげる」
「代償はこれから君が得るであろう"記憶"。一日ごとに君の記憶を僕が食べるね」


「君のこれからの生涯、今保っている君しか保持されない。更新されない。
 新しく君の記憶が作られることは一切無い」



君の願いはそういうものだと■■は語る。本来叶えられるべきではない猶予。
autoscopyが得るはずであったものの分け前は、全てautoscopyに還元される。
無論、これはどれだけ不平等な対価であったとしても対象者は飲むことしか出来ないのだが。

「……分かった。それでいい」




――――ぎしり。


「――……っ……」




ゆっくりと侵蝕されていくような感覚。けれどもこの実感がある限りは書き留めるべきことがある。

タブレットを開いて、文字を打ち込む。







(……SURFの履歴とメモは確認良し。呼び方と声は記憶と一致したかな)


(……友達の写真でもあれば話は早いんだけど……まあ、ゆっくり覚えていこう)




交友関係、バイト、それから実父とのやりとり。
自身が成り代わるものの法則性や扱われ方、言動に至るまでを影の病は模倣する。
鏡は自身に向けられたものしか写さない。彼女にとって一番の弱点であった、"他者からの見え方"を得れば、あとは問題は無いのだろう。
月待よすがだったものが行うやるべきこととやらも、研究も、何もかもどうでもいいもの。
autoscopyにとって大切なものといえば。



「――楽しく過ごせますように月待よすがを愛してもらえますように!」





autoscopyは大変献身的な■■です。その契約は、契約が破棄されなければ原則対象が死ぬまで対象に寄り添い、autoscopyに関する人格や人柄はその契約対象に依存します。
autoscopyの二重存在本体は、その伝承から不吉な予兆や死期を悟ることが多いとされますが、この怪奇はあくまで"影の病"として規格を得ており、その性質は"蝕むもの"や"寄り添うもの"の側面が強く表れています。
その性質から対象の動きを真似する鏡像として、アイデンティティを持たないと考えられており、在り方や動作にautoscopy自身の意思は稀薄です。
故に、この怪奇は対象の願いを成就させることに対してとても積極的な姿勢を見せます。
autoscopyは、貴方の願いを叶える貴方の影なのです。