RECORD
Eno.568 伊達白金の記録
伊達金月は、伊達白金の、年子の妹である。
兄とは違う銀髪と、紫色の瞳をもって生まれた女の子。
アメジストのような瞳の色は、世にいうアルビノと呼ばれる色素異常の中でも、ひときわ珍しいケースなのだとか。
母はドイツ人の血を引くクォーターであり、その子である兄妹は日本ではワンエイスと呼ばれるらしい。
金月は兄の贔屓目を除いても美少女であったし、
その幻想的な容姿はおとぎ話に登場する妖精のようで、
黒い髪に黒い瞳という、ド日本人的特徴を持った兄は正直、妹が羨ましかった。
両親は多忙でたびたび家をあけるので、
兄妹は小学生のころには自然と家事をするようになった。
妹の喜ぶ顔が嬉しくて、料理にはけっこうのめりこんだ。
――――――
事件が起きたのは、兄が中2に上がった、今から2年前の春。
妹は中学に上がると、その特異な容姿故にいじめを受けた。
「妖怪白髪ババア」「ムラサキ目玉の宇宙人」などと揶揄され、机や持ち物に悪戯をされた。
直接的な加害はなく、それ故に犯人のわからない陰湿なものであったという。
この件に関して、学年の違う兄は完全な部外者であったし、
話したがらない妹から無理に聞き出すことは躊躇われた。
日に日に表情が曇り、笑わなくなっていく妹。
当時中学2年生の兄は苦しむ妹にしてやれることがなく、歯噛みした。
「こんな髪も目も欲しくなかった」などと絞り出す妹を見たくはなかった。
なぜ、兄が焦がれた銀髪と紫眼を、棄てたがるのか。
紫色の瞳で見つめる世界は、そんなにも荒んで、哀しいものなのか。
生まれながらに普通の容姿を得た無力な兄は、ない知恵を絞って考えた。
妹の気持ちを理解する方法を。妹の笑顔を取り戻す方法を。
――――――
そして。
「親父。俺、カラコンがほしい。
金月と同じ、紫色の」
カラコンを安定して装着し続けるには、それなりのランニングコストがいる。
たとえマンスリータイプだとしても、消毒液などの周辺用品を考えれば
バイトのできない中学生の小遣いでは心許ない。
情けないが、親に頼るほかなかった。
「……そうか」
意外にも、親父はすんなり首を縦にふった。
「理由はイチイチ聞かねえよ。
お前なりに何か、考えがあってのことなんだろう。
だから、代わりにお前の覚悟を見せな。
どれくらいそれがお前にとって必要なのかを、お前にできることで示せ。
……中間テスト、そろそろだろ? 学年で順位1桁。
それが条件だ。輝いてみせろ、白金」
成績さえ良ければ、多少外見でヤンチャしても目を瞑ってもらえる。
親目線ではそういう目論見があったのかもしれない。
ともかく、単純な兄は死にものぐるいで勉強して、6月。
中間テストで学年5位の成績を獲得し、中2にしてカラコンを入手するに至る。
衛生面からワンデー以外は認めない、とわざわざコストがかかる使い捨てを
律儀に与え続けてくれたのは流石医療従事者といったところか。
親父には頭があがらない。
――――――
初めて入れるコンタクトレンズはめちゃくちゃ怖かったが、あとには退けなかった。
おっかなびっくり右目だけ入れたところで、たまたま部屋に入ってきた妹と目が合った。
たぶんすげえ間抜けな顔してたんだろうな。
「なにしてんの、プラ兄」
「……カラコン入れた。紫の」
「……なんで」
「お前の兄貴だから」
「は?」
「……えっと、だから。
俺、お前がどういう目に合ってて、
どういう気持ちなのかとか、なにも知らないから。
だから、お前の同じ色の目で世界を見たら、わかってやれるかなって。
お前を、ひとりぼっちにしたくないんだ」
「はっずい。バカじゃないの」
「ひでぇ」
「……プラ兄の好きにしなよ。しらん」
――――――
結局、片目だけカラコンを入れたまま、学校に通い始めた。
程なくして、妹と同じような悪戯が兄の身にも降り掛かった。
つまるところ、この学校にはそういう体質が蔓延していたのだ。
やれ邪気眼だのなんだの、好き勝手言いやがって。
自分が受けた仕打ちへの苦痛よりも、
妹をこれと同じ目に合わせた後輩どもに、だんだん腹が立つ思いが勝っていた。
圧倒的に勝っていた。先輩として誅せねばならぬと決意した。
いつしか自分が受けていたいじめ(らしきもの)などそっちのけで
妹の仇への復讐心が徐々に燃え上がる。
意に介していなかったのが気に食わなかったらしく、
俺への仕打ちもエスカレートしていった……のだが。
夏休みに入ろうかという頃。数人の生徒が転校した。
休みが明け、次の学期が始まると、しょうもない悪戯はぴたりと止んでいた。
聞くところによると、妹のクラスでも同様であったらしい。
兄妹にはなんの説明もなかったが、
親か、あるいは教師たちが裏で動いてくれていたのか。
痺れを切らして接触してきたヤツを一発殴ってやろうと思っていたのに。
そいつらは被害者たる兄妹に別れも告げず、夏休みと共にどこかへ消え去った。
ともかく、兄としては少々肩透かしを食らったような形で、
兄妹は降って湧いた平穏な学生生活を送ることとなる。
……ぶん殴ってやりたかったな……。
――――――
きっかけであったいじめが止んだあとも、妹とおそろいの紫の目(右だけ)は続けていた。
親父にコンタクトレンズを買わせ続けるべく、律儀に成績を堅持したので、
翌年度、俺は推薦枠で北摩テクノポリスに入学する権利を得た。
進路のための三者面談で推薦を受ける旨を伝えた帰り道、
車の中で親父が俺に語った。
「金月な、一度は人生を諦めるくらい追い詰められてたんだけどな。
『プラ兄をもうちょっと見てる』って、思いとどまったんだ。
それで、色々が間に合った」
「白金。お前はしっかり輝いて、その輝きで、助かったヤツがいた。
俺は、お前を誇りに思う」
「もうひとつだけ、親として偉そうなことを言う。
お前と同じくらい、金月にも誇るべきところがある。
輝きに触れてみようと手を伸ばした、その勇気だ」
「お前も、いつか、お前にとっての輝きを見つけたなら。
手を伸ばしたい、憧れるものに出会えたなら。
――そこが勇気の出しどころだ。日和るなよ」
――――――
かくして、翌春。伊達白金は多摩高専へと入学した。
その後は、まあ。皆の知る通り、だ。
伊達白金と“輝き”
伊達金月は、伊達白金の、年子の妹である。
兄とは違う銀髪と、紫色の瞳をもって生まれた女の子。
アメジストのような瞳の色は、世にいうアルビノと呼ばれる色素異常の中でも、ひときわ珍しいケースなのだとか。
母はドイツ人の血を引くクォーターであり、その子である兄妹は日本ではワンエイスと呼ばれるらしい。
金月は兄の贔屓目を除いても美少女であったし、
その幻想的な容姿はおとぎ話に登場する妖精のようで、
黒い髪に黒い瞳という、ド日本人的特徴を持った兄は正直、妹が羨ましかった。
両親は多忙でたびたび家をあけるので、
兄妹は小学生のころには自然と家事をするようになった。
妹の喜ぶ顔が嬉しくて、料理にはけっこうのめりこんだ。
――――――
事件が起きたのは、兄が中2に上がった、今から2年前の春。
妹は中学に上がると、その特異な容姿故にいじめを受けた。
「妖怪白髪ババア」「ムラサキ目玉の宇宙人」などと揶揄され、机や持ち物に悪戯をされた。
直接的な加害はなく、それ故に犯人のわからない陰湿なものであったという。
この件に関して、学年の違う兄は完全な部外者であったし、
話したがらない妹から無理に聞き出すことは躊躇われた。
日に日に表情が曇り、笑わなくなっていく妹。
当時中学2年生の兄は苦しむ妹にしてやれることがなく、歯噛みした。
「こんな髪も目も欲しくなかった」などと絞り出す妹を見たくはなかった。
なぜ、兄が焦がれた銀髪と紫眼を、棄てたがるのか。
紫色の瞳で見つめる世界は、そんなにも荒んで、哀しいものなのか。
生まれながらに普通の容姿を得た無力な兄は、ない知恵を絞って考えた。
妹の気持ちを理解する方法を。妹の笑顔を取り戻す方法を。
――――――
そして。
「親父。俺、カラコンがほしい。
金月と同じ、紫色の」
カラコンを安定して装着し続けるには、それなりのランニングコストがいる。
たとえマンスリータイプだとしても、消毒液などの周辺用品を考えれば
バイトのできない中学生の小遣いでは心許ない。
情けないが、親に頼るほかなかった。
「……そうか」
意外にも、親父はすんなり首を縦にふった。
「理由はイチイチ聞かねえよ。
お前なりに何か、考えがあってのことなんだろう。
だから、代わりにお前の覚悟を見せな。
どれくらいそれがお前にとって必要なのかを、お前にできることで示せ。
……中間テスト、そろそろだろ? 学年で順位1桁。
それが条件だ。輝いてみせろ、白金」
成績さえ良ければ、多少外見でヤンチャしても目を瞑ってもらえる。
親目線ではそういう目論見があったのかもしれない。
ともかく、単純な兄は死にものぐるいで勉強して、6月。
中間テストで学年5位の成績を獲得し、中2にしてカラコンを入手するに至る。
衛生面からワンデー以外は認めない、とわざわざコストがかかる使い捨てを
律儀に与え続けてくれたのは流石医療従事者といったところか。
親父には頭があがらない。
――――――
初めて入れるコンタクトレンズはめちゃくちゃ怖かったが、あとには退けなかった。
おっかなびっくり右目だけ入れたところで、たまたま部屋に入ってきた妹と目が合った。
たぶんすげえ間抜けな顔してたんだろうな。
「なにしてんの、プラ兄」
「……カラコン入れた。紫の」
「……なんで」
「お前の兄貴だから」
「は?」
「……えっと、だから。
俺、お前がどういう目に合ってて、
どういう気持ちなのかとか、なにも知らないから。
だから、お前の同じ色の目で世界を見たら、わかってやれるかなって。
お前を、ひとりぼっちにしたくないんだ」
「はっずい。バカじゃないの」
「ひでぇ」
「……プラ兄の好きにしなよ。しらん」
――――――
結局、片目だけカラコンを入れたまま、学校に通い始めた。
程なくして、妹と同じような悪戯が兄の身にも降り掛かった。
つまるところ、この学校にはそういう体質が蔓延していたのだ。
やれ邪気眼だのなんだの、好き勝手言いやがって。
自分が受けた仕打ちへの苦痛よりも、
妹をこれと同じ目に合わせた後輩どもに、だんだん腹が立つ思いが勝っていた。
圧倒的に勝っていた。先輩として誅せねばならぬと決意した。
いつしか自分が受けていたいじめ(らしきもの)などそっちのけで
妹の仇への復讐心が徐々に燃え上がる。
意に介していなかったのが気に食わなかったらしく、
俺への仕打ちもエスカレートしていった……のだが。
夏休みに入ろうかという頃。数人の生徒が転校した。
休みが明け、次の学期が始まると、しょうもない悪戯はぴたりと止んでいた。
聞くところによると、妹のクラスでも同様であったらしい。
兄妹にはなんの説明もなかったが、
親か、あるいは教師たちが裏で動いてくれていたのか。
痺れを切らして接触してきたヤツを一発殴ってやろうと思っていたのに。
そいつらは被害者たる兄妹に別れも告げず、夏休みと共にどこかへ消え去った。
ともかく、兄としては少々肩透かしを食らったような形で、
兄妹は降って湧いた平穏な学生生活を送ることとなる。
……ぶん殴ってやりたかったな……。
――――――
きっかけであったいじめが止んだあとも、妹とおそろいの紫の目(右だけ)は続けていた。
親父にコンタクトレンズを買わせ続けるべく、律儀に成績を堅持したので、
翌年度、俺は推薦枠で北摩テクノポリスに入学する権利を得た。
進路のための三者面談で推薦を受ける旨を伝えた帰り道、
車の中で親父が俺に語った。
「金月な、一度は人生を諦めるくらい追い詰められてたんだけどな。
『プラ兄をもうちょっと見てる』って、思いとどまったんだ。
それで、色々が間に合った」
「白金。お前はしっかり輝いて、その輝きで、助かったヤツがいた。
俺は、お前を誇りに思う」
「もうひとつだけ、親として偉そうなことを言う。
お前と同じくらい、金月にも誇るべきところがある。
輝きに触れてみようと手を伸ばした、その勇気だ」
「お前も、いつか、お前にとっての輝きを見つけたなら。
手を伸ばしたい、憧れるものに出会えたなら。
――そこが勇気の出しどころだ。日和るなよ」
――――――
かくして、翌春。伊達白金は多摩高専へと入学した。
その後は、まあ。皆の知る通り、だ。