RECORD

Eno.468 月澪 銀の記録

得られたもの、得たかったもの

「ん………はぁ~~、終わった………」

椅子から転げ落ちてしまうかというぐらいに、後ろに沿って体を伸ばす。
出された前期最後の課題、レポートの類にあらかた目途が立ち、評価は置いておくとしてもとりあえず面目が立つ程度にはあつらえることができた。
ここまでに、調べものに奮闘したり、東部の図書館で自習をしたり、部屋でうたたねしたりなんだりと、大分遠回りをしてきたが、これで憂いなく(もしかしたら憂いしか残らないかもしれないが)夏休みに入ることができると思うと、開放感に心が躍る。

おもむろに携帯をタップしてSURFを開く。
夢倉さん……サツキと、射手瀧さん……來々と3人のグループチャットに残る会話を見て、顔を綻ばせる。

県外旅行かぁ、と口の中で漏らすと、まだ具体的な話もしていないし、実現するかもわからないけれど、そんな話がでたことが、それが何だかうれしくて。
端末を胸に置いて、目をつぶって、行ったこともないその場所を想像する。きっと見るものすべてが新鮮で、煌めいて、隣には友達がいて、それはとても楽しいことだろう。

目を開けると、あまり人に見せられない緩んだ顔をしていることに気が付いた。
らしくない、弱くなったな、と思う。けれど、不思議と悪くない。あの二人になら、そういう顔を見せてもいい。友達なのだから……、と。

裏世界で生きていたころからは考えられない、充実した毎日だ。足りない自分に辟易することもあるけれど、それでもなお、表世界は美しく、精力に満ち溢れている。
朝は東から太陽が昇り、西に落ち、暗く饒舌な夜の闇に星々が瞬いて、そしてまた朝が来る……。この当たり前が、私たちが欲しても得られないものなのだ。


……ふと、裏の講義棟屋上で來々が語ったことを思い出した。

――ようやく、『ふつう』でいられてるんです。
 みんなと同じ、『ふつう』まで、上がってこれたんですよ――

……あの時は冷静さを欠いて、その言葉の真意を察することはできなかった。今思えば、とても大切なことだったように思う。
彼女が裏世界に抱く想いを、私はまだちゃんと理解できていない。
あの黄昏に何を見て、何を感じ、彼女は何を得たんだろう。
……少なくとも、私から見た來々は、普通の女の子だ。でもその奥に秘めたものがあったのだろうか。

いつか、そのことを話せる時が来たら、私も最後の嘘を明かそう。
サツキは…たぶんまだ、裏世界と関わりはないから話せない。でも、來々になら。


――…私が、化け物だと知ったら、きっとこの関係も破綻するのだろうけど。