RECORD
Eno.451 天鳥 路二の記録
逆行再現
フラッシュバック【flashback】
読み方:ふらっしゅばっく
1 映画・テレビで、瞬間的な画面転換を繰り返す手法。登場人物の激しい心理や緊張した場面などを表現する。
2 過去の出来事がはっきりと思い出されること。逆行再現。→ピー‐ティー‐エス‐ディー(PTSD)
3 「フラッシュバック現象」に同じ。
(デジタル大辞泉より引用)

思い出す景色は燃えていた。
夢には様々な時代のイメージが入り混じる。
産声の代わりに聞いたのはごうごうと燃え盛る炎であり、呪詛であり、
人々の泣き叫ぶ悲鳴であり、逃げ惑う足音であり、怨嗟の声であった。
鼻をつく焼け焦げる臭い。
遠く火消しの半鐘と板木が鳴っている。
私の前には見知った顔ぶれが現れては消えていく。
大切に想う人間達は私の手をすり抜けて行ってしまう。
喉が枯れるまで叫んでも、決して届くことはない。
光を求めて伸ばした手は、焼けた空を切るだけだ。
「私を▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬」
――西暦2019年、令和元年冬。
から風に木々が晒され、暖冬と云えど本格的な寒さが骨身に染みる頃。
私は久しぶりに外に……表世界に出た。
何を求めたわけでもない、ただ白い消毒された閉鎖的な空間で、
窓硝子から明けず沈まぬ黄昏の空を見ることに辟易していたのかもしれない。
表世界で、一人の人間として暮らしていた日々が恋しかったのかもしれない。
そんな気分転換は上手くいかなかった。
都心の人混みに揉まれ、知らない人にぶつかっては舌打ちされた。
思えば今まで一人で歩いたことは少なかったように思う。
人の姿形をしていればおおよそ人らしく見えるはずだが、視線が気になって仕方なかった。
逃げるように知っている場所へと向かった。
巨大な灰色の工場は沈黙していた。
そうだ、もっと昔に表世界に於ける企業・羅生門は崩壊したのだ。
かつて研究と生存と欲望が交差したその場所は、寒空の下静かに佇むのみだった。
私はたまらない気持ちになって、唇を嚙んだ。
臓腑に鉛が入ったように重たい。そっと手を合わせて悼んだ。
目を閉じれば以前の活気溢れるビルと工場が浮かぶようだった。今はもうない。
花の一つでも持ってくればよかったと後悔しつつ、代わりにまだ開けていない煙草をひと箱置いた。
それから、社員寮も、関連部署も、店舗があった場所も、幾つか回った。
何一つ残ってはいなかった。ただの空き地、歯抜けのフェンス。
ずっと昔に終わっていた残骸たち。
5年ほど前(現在からすると10年前だ)、学生達と町を歩いたことを思い出す。
あの時は遠足のようにはしゃぐ子や呆れつつも楽しげに見守る様子に安堵した。
そんなに前の事ではないのに遠い昔のことのようだ。
世の中にパワーがあった頃、色鮮やかな服を着る人々に混じって、夜遅くまで酒を飲んだこともあった。
高度経済成長期、焼け跡から見事に立ち上がっていくのを見届けた。
灰色の影が都市を覆った頃、兵隊達と共に戦地へと赴いた。
西洋の風が浪漫を運んできた街で、珈琲を飲み、ピアノの音や祈りの歌を聞いた。
表世界で見てきた景色が走馬燈のように頭の中をめぐる。
北摩川を辿り、西へと向かう。
だんだんと私は何も考えられなくなってきていた。
裏世界と異なり、表世界だと私の力はずっと弱くなってしまうが、それ以上に精神的に堪えていた。
私は行く当てもなく只管に、幽霊のように歩いた。
誰も私を咎める事はないが、誰も私を必要としてなどいなかった。
私は死ぬことができない。
それなのに人間のような生理現象があり、腹も減れば喉も乾き、疲れ、弱りもする。
いや、本来はそんなこともないのだろうが、きっと私がそうあるべきだと定めたからなのだろう。
人間と同じように在りたかったから。
ただこの時ばかりは少し恨めしい気持ちになった。
彷徨い続けて足が棒のようで、痛みもどこか遠く、意識がぼやけて朦朧としてくる。
私はどこへ行きたかったのだろう。
ここは一体どこなのだろう。
ああ、願わくば……。
気付けば倒れていた。
手足の感覚はなくなっていた。
頬を撫でる風の冷たさだけがやたら鮮明に感じられた。
その時だった。どこかで聞いたことのある声が呼んだのは。
「……先生?」
夢の中で聞くような柔らかい音に、幻かと錯覚した。
僅かに開いた目蓋の間から見えたのは、まだあどけなさの残る顔。
以前は医療部門の病室にいて、時折、私の診察室を訪れていた患者の少年だった。
犬(ベコ丸君)が私の衣服を引っ張ってくる。

私はその時、悪い夢から覚めたような気がした。
君は知らないだろうけれど、拾われて救われたのはこの身ばかりではない。

私が取りこぼしてしまったものを、拾って差し出してくれたように思えた。
壊れてはいないのだ。燃え尽きてもいないのだ。
私は手を取って立ち上がり、再び歩き出した。
私は未だ過去に囚われている。
それでも歩みをやめないのは、きっと君のお陰なのだ。
君がいる日常が私を生かしてくれる。
――これは誰にも言っていない、秘密の事。

読み方:ふらっしゅばっく
1 映画・テレビで、瞬間的な画面転換を繰り返す手法。登場人物の激しい心理や緊張した場面などを表現する。
2 過去の出来事がはっきりと思い出されること。逆行再現。→ピー‐ティー‐エス‐ディー(PTSD)
3 「フラッシュバック現象」に同じ。
(デジタル大辞泉より引用)

思い出す景色は燃えていた。
夢には様々な時代のイメージが入り混じる。
産声の代わりに聞いたのはごうごうと燃え盛る炎であり、呪詛であり、
人々の泣き叫ぶ悲鳴であり、逃げ惑う足音であり、怨嗟の声であった。
鼻をつく焼け焦げる臭い。
遠く火消しの半鐘と板木が鳴っている。
私の前には見知った顔ぶれが現れては消えていく。
大切に想う人間達は私の手をすり抜けて行ってしまう。
喉が枯れるまで叫んでも、決して届くことはない。
光を求めて伸ばした手は、焼けた空を切るだけだ。
「私を▬▬▬▬▬▬▬▬▬▬」
――西暦2019年、令和元年冬。
から風に木々が晒され、暖冬と云えど本格的な寒さが骨身に染みる頃。
私は久しぶりに外に……表世界に出た。
何を求めたわけでもない、ただ白い消毒された閉鎖的な空間で、
窓硝子から明けず沈まぬ黄昏の空を見ることに辟易していたのかもしれない。
表世界で、一人の人間として暮らしていた日々が恋しかったのかもしれない。
そんな気分転換は上手くいかなかった。
都心の人混みに揉まれ、知らない人にぶつかっては舌打ちされた。
思えば今まで一人で歩いたことは少なかったように思う。
人の姿形をしていればおおよそ人らしく見えるはずだが、視線が気になって仕方なかった。
逃げるように知っている場所へと向かった。
巨大な灰色の工場は沈黙していた。
そうだ、もっと昔に表世界に於ける企業・羅生門は崩壊したのだ。
かつて研究と生存と欲望が交差したその場所は、寒空の下静かに佇むのみだった。
私はたまらない気持ちになって、唇を嚙んだ。
臓腑に鉛が入ったように重たい。そっと手を合わせて悼んだ。
目を閉じれば以前の活気溢れるビルと工場が浮かぶようだった。今はもうない。
花の一つでも持ってくればよかったと後悔しつつ、代わりにまだ開けていない煙草をひと箱置いた。
それから、社員寮も、関連部署も、店舗があった場所も、幾つか回った。
何一つ残ってはいなかった。ただの空き地、歯抜けのフェンス。
ずっと昔に終わっていた残骸たち。
5年ほど前(現在からすると10年前だ)、学生達と町を歩いたことを思い出す。
あの時は遠足のようにはしゃぐ子や呆れつつも楽しげに見守る様子に安堵した。
そんなに前の事ではないのに遠い昔のことのようだ。
世の中にパワーがあった頃、色鮮やかな服を着る人々に混じって、夜遅くまで酒を飲んだこともあった。
高度経済成長期、焼け跡から見事に立ち上がっていくのを見届けた。
灰色の影が都市を覆った頃、兵隊達と共に戦地へと赴いた。
西洋の風が浪漫を運んできた街で、珈琲を飲み、ピアノの音や祈りの歌を聞いた。
表世界で見てきた景色が走馬燈のように頭の中をめぐる。
北摩川を辿り、西へと向かう。
だんだんと私は何も考えられなくなってきていた。
裏世界と異なり、表世界だと私の力はずっと弱くなってしまうが、それ以上に精神的に堪えていた。
私は行く当てもなく只管に、幽霊のように歩いた。
誰も私を咎める事はないが、誰も私を必要としてなどいなかった。
私は死ぬことができない。
それなのに人間のような生理現象があり、腹も減れば喉も乾き、疲れ、弱りもする。
いや、本来はそんなこともないのだろうが、きっと私がそうあるべきだと定めたからなのだろう。
人間と同じように在りたかったから。
ただこの時ばかりは少し恨めしい気持ちになった。
彷徨い続けて足が棒のようで、痛みもどこか遠く、意識がぼやけて朦朧としてくる。
私はどこへ行きたかったのだろう。
ここは一体どこなのだろう。
ああ、願わくば……。
気付けば倒れていた。
手足の感覚はなくなっていた。
頬を撫でる風の冷たさだけがやたら鮮明に感じられた。
その時だった。どこかで聞いたことのある声が呼んだのは。
「……先生?」
夢の中で聞くような柔らかい音に、幻かと錯覚した。
僅かに開いた目蓋の間から見えたのは、まだあどけなさの残る顔。
以前は医療部門の病室にいて、時折、私の診察室を訪れていた患者の少年だった。
犬(ベコ丸君)が私の衣服を引っ張ってくる。

私はその時、悪い夢から覚めたような気がした。
君は知らないだろうけれど、拾われて救われたのはこの身ばかりではない。

私が取りこぼしてしまったものを、拾って差し出してくれたように思えた。
壊れてはいないのだ。燃え尽きてもいないのだ。
私は手を取って立ち上がり、再び歩き出した。
私は未だ過去に囚われている。
それでも歩みをやめないのは、きっと君のお陰なのだ。
君がいる日常が私を生かしてくれる。
――これは誰にも言っていない、秘密の事。
