RECORD

Eno.269 阿久比 正義の記録

[前日譚]田舎での日常

「ハァ…ハァ…!」



刀を地面に落として肩で息をしている少年。
目の前には自分の師匠であり、父でもある男。
少年を見下ろして、ため息を一つ零す。

「今日はここまでだ。疲れを休めておけ」

そのまま男はその場から消える。文字通り、瞬時に。
情報を何一つ残すことなく、足跡すらもその場にはなく。


「…クソ!!」



少年はそのまま地面に倒れて、地面を殴りつける。
殴った手が痛くなるが、悔しい思いがいまは勝っている。

先ほどまで少年が行っていたのは、師匠とともにいつもの修行。
やっていることはただの隠れんぼ。少年が隠れて、鬼である師匠が見つける。
見つかったらすぐに逃げなければならない。どんな手を使っても良い。
鬼もどんな手も使ってもよいが…。だからこそ。

少年はこれまでの修行で一度たりとも、鬼である師を見つけたことがない。
いつも気が付けば背後から攻撃されて。

それを何度も繰り返すうちに、こうして疲れと痛みで倒れている。

「また勝てなかった…」



悔しさと挫折感を何度も感じているが。傍らに転がっている刀を手に取って掲げる。
気が付けば自分と共に長く過ごしてきた刀。
カッコイイからと始めた抜刀術も、こいつのかっこよさから続けることができた。

「そうだよな…。折れてられない」



そのままムクリと起き上がる。
鞘に収まったままの刀を腰に構えて、一閃。カチン、と鍔が鳴る音がすると共に。
彼の周囲に生えていた草木が裁断される。

「正義を為すために。まだまだ上がっていかないと」



何度も誓ってきたことを再確認して、彼もその場を去る。
誰もいなくなったその場所では、風が吹いて草をどこかへと飛ばしていった。