RECORD
解明:影の病④
「……時々、自分が自分でないような気がします。
人と会話している自分を、傍観者として見ているような感覚に陥るんです」
「"あの時死んでいれば良かった"と、"誰か"に言われるんです」
「朝だと特にひどいのです。このまま起き上がって、"自分"に成ることが、しんどくて」
「そうして一日、生きる理由を見つけることがむずかしいのです」
ストレス、精神疾患、疲労。現代の医学の進歩は素晴らしいもので、それらと身体の相関に理由がつけられて適切な薬が処方される。
脳や神経に直接働きかける薬物のおかげで眠る時間が増え、結果的に朝を過ごす日は少なくなったはずだ。
『一日頑張っていこう』という意欲の失われた身体を、『起きなければ遅刻してしまう』と囃し立てることが出来る。
しかしながら原因であった"誰か"の影は消えることなく付き纏う。
恐らくこれが彼女の事故に遭った原因である『神秘』というものだと思えば、またひとつそれを嫌う理由が増えたのだが。

「脳の側頭葉への機能障害だね」
「――……え?」

「精神的なものではありません。事故の、物理的な後遺症です」
「残念ながら完治は難しいかもしれないけど……認識不全と同じだ。
自己像幻視と言ってれっきとした病気だよ」
しかし彼女のそれは、『神秘』ではなかった。いつかは神秘として成り立っていた歴史もあるかもしれないが、今では既に『病名』だった。
科学的に証明された理論として名前が定着するように、袂を別った"それ"は既に表世界で効果を失くしていた。
病名を貰えば気は紛れた。自分に起きている現象に病名があれば怖くなくなった。
今にして思えば、これが月待よすがの『神秘を解明する根源』だったのかもしれない。
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"楽しく過ごせますように"。
刷り込み効果、或いは引き寄せの法則。
そう名前のついた、『願いが叶う』という神秘。それは■■たちにとっては致命的な、契約の効率の悪化。
人の手の及ばぬ願いは科学によって届き得て、人間の可能性によって達成されると定義されてしまえば、彼らが人に寄り添うことが出来なくなる。
それは■■にとって存在の否定だ。autoscopyは、だからこそその願いに手を掛けた。
医学によって果たされず、治療という行為から否定された傷害。
神秘を何よりも盲信しながらも恐怖を取り除き、結果的に二律背反を孕んだ存在。
言葉を裏返して厭われながらもどうしようもなく人と寄り添うことを好む彼女が願うのなら、そう。

「……いいよ。叶えてあげる」
――世界を楽しく過ごせる二重存在を生んであげる。
――神秘に塗れた裏側にずっと浸らせてあげる。
――そうして最後は、誰からも忘れられて、淀みなく殺してあげる。
――神秘が死ぬのは、誰からも否定された時だと君は定義しただろう。
……そう。ただし、歪んだかたちで。
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――「ぼくは、まだやるべきことがある。こんなにずっと死にたいのに、絶対死ねない」

「……自分の願いはどうでもいい。
けれどやるべきことは済ませないといけないね」
「僕が興味よりも自分を優先してしまうなんてことがあれば、
それこそ月待よすがという人間がまた死んでしまう」

「だから君に縋りに来たと言った。
autoscopy、科学によって否定された君を取り出すことで、僕の実験の検証にする」

「……なんとも理屈っぽい理由だ。もっと素直に言えばいいのに。
『あんな約束しておいて、結局好きに――……

「黙れ」
「……。君にも悪い話じゃないだろう」
「科学に否定された"ドッペルゲンガー"から解放してあげるって言ってるんだ」

「……大方、自分からヒトに干渉出来ないくらいに弱い神秘なんだろう。
だから僕を呼んだ。僕を呼んで、実体を得ようとした。
その口車に乗ってあげる。君を外に出すことで"神秘の固定化"を図りたい」

「……そこまで分かっているのに『自分の願いはどうでもいい』?
不思議な話だね。君はもっと誠実に生きたいんだと思ってた」

「誠実だろうとも。実験のブレ幅は検証段階で最小限にしておかなくちゃ。
神秘というものが不確定な以上、君へ願うことで理解が深まる」

「……本気で言ってる? 分かってると思うけど、対価は――……」

「僕に、月待よすがに成ることだろう。
なにせ君は契約によって人の魂を喰う――」

「わかった。良いよ。それでいい。……君が失敗すれば君の身体を貰う。
……あぁ、寧ろそれでも良いのかな? 僕に君という存在をあげても惜しくない?」

「……話が早くて助かるよ。"autoscopy"。
僕の脳の生み出した単なる虚像。それがこうして因果を生んだなら有難い話だ」

「……そうだね」

「autoscopy。君がそう定義するならそれで良い。
だってその方が怖くないもんね」
「僕は君なのだから、それを受け入れてくれるなら怖がる必要なんてない」

「良いよ。勿論助けてあげる」
消えて霧散した神秘を手繰り寄せるという、手法。
その検証を行うのなら、対価と実験台は自分であるべきだ。
契約によって願いを叶える、鏡を媒体として通り道とする、人に憑りつく、など人の生活に寄り添った形態を取ります。
それらの特性を以て、"影の病"すなわち"autoscopy"と定義された怪奇です。
autoscopyを発見した場合、autoscopyの擬態している人物として扱ってください。
autoscopyは模倣した人間としての生活を本人に成り代わる形で過ごします。
契約した人間の願いによって共存し、そうして得た"存在"によって神秘性を保つのです。