「…………」
考え事をしながらぶらついていれば、ふと見慣れぬ景色。
黄昏に染まった空色の中、灰色の草木の中、
怪奇だろう者たちの姿がうろついているのが視界に入る。
久しぶりに、意図しない形で裏に迷い込んだな。
それなりに強そうな敵性怪奇だな、と
感じながらも余り──それを恐ろしいと、咄嗟に思わなかった。
あれらが此方の存在に気付いているのは自明であるから、
早く逃げないとなとはやや漠然と思って。
逃げ道を探す視線の中、ぱす、と腕を掠める痛みがあって。
──けれどもその程度の痛みに、特に向ける関心は無い。
ただ、ただ掠めたにしてはじくりと痛みが響くものだから、
舌打ち一つ零しつつポケットから加熱式タバコを取り出した。
怖い、というより、傷跡に爪を立てられてる不快感が強かった。
太刀打ちできる相手とは思っていないから、
逃げ道が同定出来るまで煙を撒く。
「、……はっ」
スケルトンの撃った矢は煙に紛れて有耶無耶に。
掠り傷が酷く熱を持ってる気がして、やや集中が削がれるが
よく目を凝らして辺りを見れば、ようやく空間に綻びを見つけて。
だ、とそれに飛び込むように走り出す。
「っ゛、」
逃げる背に迫る怪奇の気配は感じたが振り向かず、
背中を強く擦られるような、ざん、と衝撃が一つ。
思考がふっと飛ぶような心地がして、
一瞬足を止めそうになった。が、脚に力を入れ直して、
転がるように領域を後にした。
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不明領域に迷い込んだ後、神秘術での応急処置の後、
不慣れな術行使であったのと、思いの他深手だったのとを
踏まえて念の為此方に掛かりに来た。
相当顔色が悪く見えたのか早めに通されて、傷を検められるんだろう。
幸いにもちゃんと塞がっているらしい。
有難い事に、傷痕も残さないように出来るらしい。
すごい技術だななんて感心出来る余裕はいまいち無くて、
恐怖、と呼ぶには少し違う気がする感情が巡っていた。
まだ背中が熱い気がして、診てもらった後もやや放心気味だった。
──あのまま足を止めて居ればよかったのに。
そんな奇妙な後悔が自分の中にある事が、
不気味で悍ましくて、理解しがたかった。
怪奇に対して怖いと思わなかった理由は何となく分かっていた。
それらを恐れる事になんの意味も無いんだという、諦観だ。
裏の暴力性に過去を重ねていただけだという、自覚だ。
自分や周りの環境が損なわれたり傷ついたりすることは、恐ろしい。
けれどもそれは自分にも誰にもどうにも出来ない事だ。
表と裏を切り離す事が出来ないと悟った時点で、もう、
どうしようもないことだと、ある種割り切れてしまったのかも知れない。
裏に押し込みたかった苦しみは、裏だけのものではない。
裏だけのものだと思いたかった痛みは、裏だけのものではない。
そこに境界は無い。表と裏は地続きで、
故に、それらは、裏だけのものではない。
表すら、安住ではないということだ。
恐れなくてよいものが主しかいないのなら、
せめて恐怖に優先順位を付けて、考えなければならない。
出来ない事をもがいていたって、苦しいだけ。
日常を守ることなどという大層な事は、自分に出来るはずが無いのだ。
せいぜい自分に出来る事なんて、日常に在る事ぐらい。
回避できる、最大の恐怖さえ、避けられればいい。
ここに境界がないのなら。


