RECORD
10:遭遇/じょうし
観音寺ゴゴはカレントコーポレーションへの出社を命じられた。
なんのことはない。直属の上司が決まったので、顔合わせをしに来いという話である。
断る理由も渋る理由もなく、のこのこと出社して向かったのは、最初の面談にも使った小さな個室。
そこにいたのは前回会った面接官――――ではなく。
深く暗い赤毛に褐色の肌、茶色い外套の下にビジネススーツを着た、奇妙な格好の女性だった。
女性はメルク・リースと名乗った。
彼女こそはカレントラボラトリーズに所属する研究員であり、観音寺ゴゴの監督役を兼ねた上司であり――――

「――――ぼくの研究分野は、『異世界』について」

「……つまり、喜びたまえ。キミの希望は受理されたということさ。
以後よろしく頼むよ、観音寺ゴゴくん」

「ありがたい。こちらこそ、よろしく頼む」

「うむ。まぁ実際の業務やらなにやらの説明はおいおいやっていくとして……」

「ゴゴくん。キミ、仙人になりたいんだって?」

「む。その通りだが……なにかマズかったか?」

「いやいや、とんでもない。
ただ少し、興味深いと思ってね……」

「――――さて、ゴゴくん。
キミは仙人になるという行為がこの世界でどのような意味を持つか、わかってその夢を口にしているのかな?」

「ああ……わかっている。
つまりそれは、人間をやめるということだ。
神秘に親しみ、肉体を変容させ、人間の領域を超えて存在そのものを怪奇へと改竄する行為だ。そうだな?」

「うーん模範解答。
それがわかっていて仙人になりたいというのだから……まぁちょっとは監督役の役目も果たさないとか。
一応言っておくけれど、人間をやめるってのはそんなに世界を変えてくれないぜ。
もしもキミが人間への嫌悪や怪奇への憧れから仙人を志しているのなら、悪いことは言わないからやめておいた方がいい……」

「――――でも、そういうわけじゃないんだね?」

「ああ。俺が仙人になりたいというのはもっとシンプルな話で――――長生きがしたいのだ。
不老不死と言えば、仙人の命題であり本質だろう。俺はそれが欲しい。
だから実は、自我と肉体の構造を保ったまま不老不死の類になれるのなら仙人である必要はないのだが……現状の俺が一番自然な形で得られる不老不死の道は仙人だろうからな」

「不老不死ねぇ……死が怖いのかい?」

「いや、まったく。
仮に仙人になったとて、死ぬ時は死ぬはずだしな。封神演義に描かれた如くに。
生きる以上は数多の命を喰らってきたわけだし、いずれ俺の番が来るのは当然のことだ。抗おうとは思わない」

「ふむ。では、なぜ仙人に?」

「――――――旅が、したくてな」

「この地球上のあらゆる場所にいきたい。
そこに住む人、住んでいた人、あるもの、ないもの、それを全て知りたい。
異世界にも行きたい。ここと異なる世界には、一体どんな景色が広がっているのだろうか?」

「それが全部見たい。
けれど、その全てを知るには俺の寿命は短すぎる。
だから、無限に広がるこの宇宙の……そして異なる宇宙の全てを知るために、無限の寿命が欲しい」

「それだけのことだ。
人生を楽しむため、健康に長生きがしたい……という話とも言えるかもしれん」

「ふぅん、なるほど……」

「それなら、ぼくから言うことは何も無いな。
まったく、部下が優秀過ぎるというのもメンターとしては面白くないらしい」

「えっ、す、すまん」

「いやいや、謝ることは無いさ。
ま、無理の無い範囲で頑張るといい……修行によって不老不死の力を得る“仙人”というものについては、色んなところから研究アプローチがかかっていてね。
我々が力になれるかもしれないし、逆にキミに助けてもらうこともあるかもしれない。気軽にこの組織を利用したまえ」

「……かたじけない。この恩はいずれ」

「恩? ハハッ、よしてくれよ。
そんな大した話じゃない。ただの持ちつ持たれつさ」

「しかし、そうか…………なら、これは話しておくのがフェアかな」

「?」

「オホン……もう一度、改めまして。
ぼくの名はメルク・リース。カレントラボラトリーズに所属し、異世界について研究を進めている。
キミにとっては直属の上司であり、裏世界について本来素人であるキミの監督役でもある。
目的は異世界への渡航技術の確立であり――――」

「――――――――実はね。異世界人なんだぜ、ぼく」
……この会話が。
この後長らく世話になる、メルク・リースとの最初の出会いであり、会話であった。