──高校2年生相当の頃。
俺はSNS経由でコンちゃんと知り合い、初めて信仰というものに触れた。
中学でのいじめが尾を引いて引き籠もり続けていた俺は、
腐り続けて居る中、救いを求めてそれにしがみついた。
賭けだった。
『神を信じれば救われる』のだという事に、賭けた。
もらった聖書を開いても中身はどうも理解するのは難しくて、けれども礼拝に行けば意味を噛み砕いて教えて貰える。
教会まで赴けなくてもリモートミサだったり、コンちゃんに訊くなりすれば話は聴けた。
リモートミサを通じて顔見知りが増えて、礼拝の為に外に出る機会が増えて。
俺のその変化を間近で見ていた両親は、嬉しさの反面驚いたのだろう。
どうしたのかと訊かれて、俺が知人から宗教を、信仰というものを教えてもらったのだと言ったら、
二人して微妙な反応をしていた事を、今でもよく覚えている。
この国は宗教という言葉への風当たりが強い。
その事は知っているはずだった。
ずっと蹲ってばかりだった人生の中、ようやく歩き出せたように思えていたから
多分、舞い上がってしまっていたのだとは、思う。
伝え方を誤ってしまった事が、痛いほど分かった。
……それから実家を出るまで、親が腫れ物のように俺を扱う事に、
ただ、ただ、悔しいような、悲しいような、
薄らとした失望感を抱いていた。
『神なんて信じても、何にもならない』
『祈ったって何かが良くなるわけじゃないのよ』
引き篭った息子を救いもしなかった口が、
そう囀って踏み荒らそうとするのを、受け入れられやしなかった。
*
父の言葉に、ぐ、と込み上げた罵声は飲み込んだ。
本心から心配していても責めるような口調をしてしまう、
不器用な人間である事を、よく知っていた。
睨んでるようにも見える黒目の小さな目は、ただ此方を見据えているだけなのだと分かっていた。
何も言わずに口を閉ざしている俺を見て、
父親は逡巡の後にひとつ息を吐く。
「……今からでも、転校や転部は選べる。
今の環境で何を学べるか、よく考えなさい」
何が言いたいのかは、よく分かった。
神学という学問に実際に触れてみれば、俺の“信仰”とは違う事が分かっただろう、と。
──両親は俺がカルト宗教やら、詐欺まがいな宗教団体に
騙されていると思っているらしい。
父は、そこから足を洗って漸く実家に顔を出す気になったのだと、
きっと、そんな風に思っている。
「……」
弁明する、……必要性は余り感じなかった。
理解しようとしない人に理解を求める理由は無い。
信頼したい相手にだって、思想は曝け出すべきでは無い。
ただ、肉親にすらそうであることに、
……一抹のさみしさだけ感じた。
カラカラと涼やかな、氷がグラスの中を揺れる音。
スリッパ越しのパタパタとした足音で、母がリビングに戻って来る。
「はいお茶、お父さんもね。
武が帰ってきてくれて本当に良かった〜!
この人ずっと武のこと心配してたのよ、
貴女大なんてとこで武が浮いてないかとか、
また引き篭ってないか〜とかね」
ころころ言いながらお盆にお茶を乗せた母は、
お茶を俺と父の前に置いて、自分の分のお茶を手に父の隣へと座る。
昔からよく飲んでいた、冷たいほうじ茶だ。
「……楽しくやってるよ。動画送ったろ」
「ね!茉凛に見せてもらったけど本当に綺麗な学校ね〜!
楽しいなら何よりだけど、お金とかは大丈夫?困ってない?」
「……バイトもしてるから」
「あらっ、ちゃんとバイトしてるの?なら良かった!ウチも今あんまりお金に余裕無いからねぇ、
あ、武。車の免許とかは大学生のうちに取るのよ?
就職に必要だったりするし時間の余裕があるうちに取った方が絶対いいんだから……」
母が色々と話してくるのを、ややなあなあに流し。
……母は母で、どうもカルト宗教にハマっていた人のエッセイやらを近頃見ているらしく、
合間合間にお金の心配やら変なもの買わされてないかやらを訊いてくる。
母の方はそれで、カルトでは無いことは納得してもらえたようであったからいい、けれども。
腑に落ちないもやもやした気持ちがずっと落ちていた。
宗教や信仰といったものについて分かってるとは、到底思えなかった。
「……あー……、明日あたりばーちゃんの見舞い行きたいんだけど」
「あらじゃあ送ってくけど……
ああそうそう、この後茉凛が帰ってきたらお墓参り行くから、準備しといてね」
「……ん」
それで、どこか逃げるように階上に上がって行けば、
青春という貴重な時間を無碍にした、あの部屋がある。
久しぶりにそのドアノブを握って開けば、
あの時よりずっと暗い部屋の中。ちらちらと光るものすらないその部屋は、
相変わらず陰湿に埃を被っていた。