RECORD

Eno.38 穂叢 焔芽の記録

帰省

実家に戻って改めて思ったこと
僕の手本は変わらず両親だ。

人を尊重するということを、僕は両親から教わった。

他人は他人であり、それぞれ違う考えがある。
だからこそ、その考え方は否定されるべきではない。
意見の相違があろうと、擦り合わせることはできるし、関わらないという選択もできる。

それはつまり、個であることを尊重するという意味に他ならない。
同一でないことで生じる、あらゆる齟齬を当然のものと受け入れることである。

小さな僕にとっても、本当にありがたいことだったのだろうと思う。
変な、手の掛かる娘だったから、普通の子ではなかったから、どうして普通に出来ないのかと言われても仕方なかっただろう。
でも、そういう風に言われたことは無い。
相談の中で淡々と解決方法を模索する、そういう親だった。

人の考えていることは分からない、だからどう振る舞うのが正しいのか分からない。
そんな質問には、考え続けろと言われた。
間違えた時だけは責任を取ると。
そしていつか考えただけ、実を結ぶ時が来ると。

お陰で、こんな僕でさえ他人に認められるようになった。
振る舞いを信頼してくれる友人たちがいて、ごく自然に接してくれている。
人のフリをした怪物ではなく、人として振る舞えていると、ようやく自分でも認められるようになった。

そう振る舞えない時があるのを許してくれる後輩もいるけれど
たまには頑張れない瞬間があってもいいのかもしれないと、お陰で少しは思うことが出来たけれど
元気がある時は、やはり両親のように在りたいものだ。

知りたがりの気が人を傷つけることもある中で
こうして尊重するのは、違いを認めることであって、傷付けることなく理解を深められる行為でもあるから。