RECORD

Eno.113 松林武の記録

8/14

「タケル~半年ぶり~!元気そうで良かった~!!」


帰って来て早々俺の部屋の戸を叩いた兄貴は、そう言ってワっと抱き着いてきた。
兄貴が暑苦しいのはいつもの事だ。外から戻って来たばかりで彼方も暑かったのか、
抱擁はさほど長い時間では無く、その手はぱっと俺の肩に乗せられた。
こちらをじっと見つめて来る目は自分のそれとよく似ているが、
さっぱりと短く髪は切りそろえられていて、あまり陰湿には見えない。

「……父さんらと話は出来たか?」


「んー……まあ、多少は」


そっぽを向きながら言えば、頬をむにとつままれて。
そちらに視線を戻せばふてくされたみたいに頬を膨らませていた。
似ているけれど、俺よりずっと感情表現の豊かな顔だ。

「顔が暗くてバレバレだぞ。なんか決めつけられて流しただろ」


……兄貴は、親よりも俺の事を理解しようとしてくれている人だった。
信仰や宗教というものに対してどう思って居るのかは分からないけれど、
少なくとも俺のそれを無碍にしたりすることはしない人だった。
信頼できるとは思っているが、それでも、どことなく警戒しているのを自分でも感じている。

「……まあ」


「……思ってる事言わないでいるとどっかで息詰まるぞ~。
 ちゃんと説明するために帰って来たんだろ」


ちゃんと言いたい事は言えよ、と、わちゃわちゃと俺の頭を撫でくってから兄貴は兄貴で自分の部屋に戻って行く。

これが8/13の夕の事。
この後家族で揃って墓参りへと行って、帰って夕食を食べて、日を跨ぐ。
どう、何を伝えるべきかをずっと考えていた。
自室の慣れたベッドの上で小さく丸くなって、考えていた。

*

祖父母の実家はすぐ近くにあって、小さいころはよく祖父母の家に遊びに行っていた。
思えば俺達兄弟に神という概念をはじめて教えたのは祖母だ。
それはどちらかというと神道的な、日本の神であったけれど、
神様はいつも見ているのだという事を教えてくれたのは、祖母が最初だったはずだ。
神社の前を通るたび、神社ではこうして神様に手を合わせるんだと口にしていたし、
お祭りのなんかがある時は祖母が積極的に俺たちを祭りに連れ出していたんだった。

俺が小学生の頃に祖父が亡くなり、それを機に祖母はぼけてしまって、
両親は早いうちに祖母を老人ホームへと送っていた。
小学生が家からそちらに向かうには少し距離があり、
中学生になった後は引き籠りになってしまったものだから、
祖母とはもう長らく顔を合わせていなかった。

けれど信仰というものについて思考を深めた今、
祖母に会いたいとはずっと思っていた。

5月ごろに祖母が体調を崩して病院に入院したと聴いた時から、
その気持ちは強くなっていた。

*

車で数十分行った先の病院に、兄の運転で辿り着く。
本当は母が送って行くと言っていたのだが、兄がそれを代わっていた。
面会は同時に2人までだということで、それなら俺も会いたいと兄貴が言ったからだ。
兄貴は何回か見舞いに来ていたらしいから特に迷う事もなく、
入院患者への手続きもまた特に迷いなく進めて、一緒にエレベーターへと乗り込む。
そうして辿り着いた病室の一画、カーテンを開くと、
かつて元気だった頃と比べてずっと老け込んだ祖母の姿がベッドに横たわっていた。

最後に会ったのはもう10年も近く昔の事だ。
当時はしっかり自分で歩けていたけれど、今はそんな面影も無い。
だらしなく枕に頭を預けているさまは、いつ死んだっておかしくないようにも見えた。
後で調べて知った事だが、認知症に掛かったら余命は10年前後なのだという。
多分、本当に残りの時間は長くないのだろう。

「ばーちゃん、見舞いにきたよ~。今日はタケルも来てるんだよ」


そうやって兄に声を掛けられた祖母はぼんやりしていて、
よく分からなそうな顔で緩慢に兄と俺の姿を見詰めていた。

「タケル、すっかり大きくなったから分かんないかな。
 おばあちゃんの孫の、マツリとタケルだぞ~」



兄がゆっくり喋りながら、にこにこと祖母へと話しかける。
兄は俺と違って、祖母が老人ホームに行った後も何度か会っていたらしい。
元より活動的な人であるし、おばあちゃんっこであるから納得の話だ。

聴こえているのかいないのかもよく分からない祖母の顔を見て、少し。
祈りたいと思ったのは、主の導きであったのかも知れない。

話しかけている兄に少し断って傍に寄って、
すっかり老い衰えた祖母の手を、両手で組むように握った。
祖母は何をされているかもぱっと分からなそうにしていた、気がする。

「ばーちゃん」



別に祖母に俺の事を分かってほしい訳ではない。
覚えて居なくて、知らない人だと扱われたって別に仕方がないと思っていた。
分かられないのは寂しいけれども、長らく会えないでいたのだから。


……ただ、多分、きっと。信じるという事を、
誰かに分かって欲しかったんだと思う。
何でもない血のつながりの中で、どこかに。


「おてんとさまは、ずぅっと……見てくれてるからねぇ」



徐ろに祖母がそう口にした。
何が通じたのか、どうしてそう言ったのかは分からない。
けれども、それで十分だった。