RECORD
Eno.232 月影誠の記録








お盆のお手伝いで、八千代さんに肩をぽん、ぽんと叩かれた。
大丈夫やで、と。彼女なりに励ましてくれている。
アヤメが異世界に知り合いがいるように、俺も怪異の知り合いがいる。
きっと、同義なのだろう。
心の誤魔化し方は、加虐欲を飼い慣らすために覚えた。
獲物意識を逸らして、意識を向けないようにする。
生き物を視界に入れないようにしていた日々があった。
意識を向けないように、己の手の甲を噛んで痛みで誤魔化した。
だんだんそれが当たり前になって、意識しなくてもできるようになった。
人混みや気配が多数ある場所でなければ、日常生活も送れるようになった。
誤魔化す術を得た。けれど、慣れというものも大きかったと思う。
生を殺す忌避感。
罪悪感にボロボロに泣いた日々のことは、はっきりと覚えている。
だけどもう、その日と同じように泣くことはできない。
せめて。せめて生を食らう感謝だけは忘れないようにと。
いただきますとごちそうさまの祈りだけは、丁寧に行うように意識していた。
……いつか。
帰ってくるより先に、いないことに慣れてしまって。
こうやって日記に書き留めることもなくなって。
繋ぐ手がないことが当たり前になって。
昼食が購買やコンビニで、あるいは自分で狩ってきたものに戻って。
それを、惜しむこともなくなる日が。
きっと、いつか。
自分でも自覚できないうちに、来るのだろう。
小・中学のときの親友が言っていた。
「好きな音楽が見つかって、そん時は何度も繰り返し聞くんやけど。
いつか別に興味湧いた曲を見っけたときのこと考えて、
この曲を聞かんくなった日のこと考えたら寂しくなる」
「好きなゲームをクリアしてもうたら、別のゲームをプレイし始める。
そんときの思い出や感情が消えるんとちゃうんやけど、
売ってもうたり、引き出しの奥にしまってもうたり。
そういうのって、思い出すことなかったら眠ったまんまなる」
「そういうん、ちょっと寂しいよな」
これもきっと、あいつが言っていたのと同じことなのだろう。
嫌いになったとかじゃない。むしろ好きで、だから今は苦しくて。
苦しいままでは生きていけないから、人は順応してしまう。
寮に最近彼女が越してきて、そのすぐにいなくなった。
だから通う習慣にすらなっていなかった。
それどころか。
一度も、部屋にお邪魔することがなかったな、と気が付いて。
いつも彼女が来てくれていたことを思い知って。
急に、どうしようもなくこの部屋が広いように感じて。
ぽたり。雫が、床に染みを作っていた。
その染みも、やがて乾いて見えなくなるのだろう。
そんなにも、時間が経たないうちに。
8/15

「あたしな。
好きな人のこと、もう殆どなぁんも覚えとらんのよ」

「姿も、声も、何が好きやったか、何が嫌いやったか。
初デートはどこで、告白の言葉はなんやったか。何も残ってへん」

「ただ……人間に対する復讐心だけが。
あの人との記憶を繋ぎ止めてくれとる」

「人間を憎んで、恨むことで。
あの人が好きやった、って感情を忘れられんでおれる」

「……この感情が消えへんのは、クロはんとの契約のお陰なんやけどな」

「なんだかんだでな。慣れてまうんよ」

「どれだけ好きで、どれだけ想うとっても」

「―― 記憶は風化して、足枷が軽くなっていく。
人間は、特にな」
お盆のお手伝いで、八千代さんに肩をぽん、ぽんと叩かれた。
大丈夫やで、と。彼女なりに励ましてくれている。
アヤメが異世界に知り合いがいるように、俺も怪異の知り合いがいる。
きっと、同義なのだろう。
心の誤魔化し方は、加虐欲を飼い慣らすために覚えた。
獲物意識を逸らして、意識を向けないようにする。
生き物を視界に入れないようにしていた日々があった。
意識を向けないように、己の手の甲を噛んで痛みで誤魔化した。
だんだんそれが当たり前になって、意識しなくてもできるようになった。
人混みや気配が多数ある場所でなければ、日常生活も送れるようになった。
誤魔化す術を得た。けれど、慣れというものも大きかったと思う。
生を殺す忌避感。
罪悪感にボロボロに泣いた日々のことは、はっきりと覚えている。
だけどもう、その日と同じように泣くことはできない。
せめて。せめて生を食らう感謝だけは忘れないようにと。
いただきますとごちそうさまの祈りだけは、丁寧に行うように意識していた。
……いつか。
帰ってくるより先に、いないことに慣れてしまって。
こうやって日記に書き留めることもなくなって。
繋ぐ手がないことが当たり前になって。
昼食が購買やコンビニで、あるいは自分で狩ってきたものに戻って。
それを、惜しむこともなくなる日が。
きっと、いつか。
自分でも自覚できないうちに、来るのだろう。
小・中学のときの親友が言っていた。
「好きな音楽が見つかって、そん時は何度も繰り返し聞くんやけど。
いつか別に興味湧いた曲を見っけたときのこと考えて、
この曲を聞かんくなった日のこと考えたら寂しくなる」
「好きなゲームをクリアしてもうたら、別のゲームをプレイし始める。
そんときの思い出や感情が消えるんとちゃうんやけど、
売ってもうたり、引き出しの奥にしまってもうたり。
そういうのって、思い出すことなかったら眠ったまんまなる」
「そういうん、ちょっと寂しいよな」
これもきっと、あいつが言っていたのと同じことなのだろう。
嫌いになったとかじゃない。むしろ好きで、だから今は苦しくて。
苦しいままでは生きていけないから、人は順応してしまう。
寮に最近彼女が越してきて、そのすぐにいなくなった。
だから通う習慣にすらなっていなかった。
それどころか。
一度も、部屋にお邪魔することがなかったな、と気が付いて。
いつも彼女が来てくれていたことを思い知って。
急に、どうしようもなくこの部屋が広いように感じて。
ぽたり。雫が、床に染みを作っていた。
その染みも、やがて乾いて見えなくなるのだろう。
そんなにも、時間が経たないうちに。