「父さん、少しいい?」
一服の後、荷物を持ってリビングでタブレットを見ていた父へと声を掛ける。
ちらりと此方を一瞥した後タブレットの画面を暗くしたその人は、
もう帰るのか、と口を開いた後
話を聞く体勢になるように両の手を緩く組んだ。
「……少し、お願い、したい事があって」
やや言葉を迷いながら口を開いた俺の言に、
父が眉をひくりと顰めて、間が空いた。
その間は俺が唾を飲む暇でもあった。
「…………俺はカルトでもなんでもなく、天使教を信じてる」
ややあって喉から絞り出したのは、そう。
こちらをただじっと見つめる父から目を背けたくて仕方無かったが、
背けないまま、次いだ口を開く。
「……宗教っていうのは、さ。
地図みたいなもんなんだ。生き方の、地図みたいな。
地図が無くても歩ける人は生きれるけれど、
俺には、地図が必要だった」
「この地図のお陰でようやく、
今までより、生きやすくなった。……から、」
「……同じ地図を読んで欲しいとは言わない。けど。
せめて、地図を、悪く言わないで欲しい……」
そう言った時には、自然と視線が父から逸れていた。
俯いた視線に背は丸くなって、叱責を待つような状態にもなってしまっていただろう。
宗教そのものを悪く言わないで欲しい。それだけ伝えたくて。
……伝えられれば良かったから、暫くの沈黙の後に徐に踵を返す。
それだけで帰路に着いてしまおうとした時に、
慌てるような、ずり、という椅子を引く音が後ろから聴こえてきた。
「武」
振り返って。遅れて、何、と。
問いた時には父は、少し悲しそうな顔をしているように見えた。
鏡越しによく見る自分の顔とよく似ていて、
ほんのりびっくりしたのは、少しだけ。
「……すまなかったな」
それが、
今回の帰省だった。