RECORD

Eno.340 月待 よすがの記録

解明:影の病⑤


タブレットを操作してデータを送信。タスクリストの最後のチェックマークを付けて、再確認してから深く息を吐き出す。
自由研究の後片付けは終わった。貰ったものの経過観察、借りた機材のチェックと武装の修理。
それらを細分化したリストを大きくスクロールして、タブレットをしまった。

「……終わったよ」


目の前の鏡に呟く。まるで自分にそう言い聞かせているようで、実情は待ち合わせと言う方が近い。
一度揺らめいた虚像は自分ならざる姿を映して、疲れた表情のよすがと対称。にこやかに笑った。


「ケンくんは、普通に接そうとしてくれるようになった」
「リボンちゃんのことは……まあ、君が駄目ならメガネくんに改めて頼ってくれると良いなとは思ってる」


「ピアスちゃんやお団子ちゃんの神秘に関しては君でも乗れるだろ。何せ善意が在るならその方が善い」
「青インナーちゃんは、ちょっと心残りかな。僕の方がきっと上手く友達で居れたのに」
「…………」


息を吸って、口を閉じる。言いかけた言葉を飲み込んだ。

「……それだけ?」


「うん、それだけだ」


なら、autoscopyがそれ以上言及することは無い。
例え彼女の意図を識っていたとして、どうでもいいから。


「お疲れ様。これで君のやるべきことは全部だ。あとは僕が全部やる」
「……単なるロスタイムだったんだから、感謝してほしいくらい」


autoscopyの口調はそこに重さを感じさせない。
彼女に願われて凡そ1か月。月待よすがとして過ごしてきた虚像は随分と、変化を得た。
友人とお揃いのアクセサリー。夏らしい装い。どれも弱い神秘である自分だけでは手に入らなかったもの。
だからこそ、autoscopyもまた彼女に感謝している。こうして表世界を謳歌する権利をくれたのだから。


「今度こそ君のものを全部貰う。
 君が言ったんだ。『僕に君という存在をあげてもいい』と。
 そういう約束で、最初に契約を破ったのは君なんだから良いだろう?」


「…………ごめん」


「……僕、やっぱりまだ生きてたい。
 もう未練なんて何も無いと思ってた。その上で神秘というものに取り殺されるなら幸せだとすら思ってた」


でも、……やるべきことが無くなっても、……。
 死にたい訳じゃ、ないみたい


歯切れの悪い言葉選び。
差し出すと言った自分の人生が惜しくなったのだと口に出せば、自分の言葉なのになかなか実感が湧いてこない。
楽しく生きていたい。死ぬ時はちゃんと神秘に脅かされた時に。
己の持つ縁を常に整理して、寄る辺よすがとした神秘に傾倒する。

月待よすがの根幹とも言える理念を覆すような話だけれど、autoscopyは妙に腑に落ちていた。
ともすれば、本人以上にその言葉を想定していたのかもしれない。



――……鏡の中の影が、道を通って裏世界へと顕れる。



特徴的な角と尾。光を反射しないそれは、現象として黒である。
同じ存在は同じ世界にふたつ顕れることは出来ない。
故に、虚像であるautoscopyは元来の様相を持って、赤い瞳が見つめた。

「……どうしたの? 今更、急に怖くなっちゃったんだ」
「僕と契約して、実験台にして、結局命を捧げるのが嫌になった?」


――あぁ、人間ってそういうもの。怠惰で、傲慢で、それでいて強欲。

だからautoscopyは人間がすきだ。

身の程を弁えぬ願いを求める強欲さ。ひとびとが科学を得て失った、超常へ祈る怠惰。
そうして最後は■■との契約を反故にしようとする傲慢さ。

autoscopyは、それがすきだ。

その行為が更に自分の首を絞めるとしても求めてしまう愚かしさが。
嗚呼、だから叶えてあげたい。どうしようもなく愚かしい祈りを聞くのが心地いい。
愛しそうに少女の頬を包む。

「ううん。僕の方こそごめんね」
「……僕も、欲しくなっちゃったんだ


「君として生きていくのは案外楽しい。このまま少なくとも人間らしく過ごすことを肯定してしまっている」


表世界で、本質を隠して、人らしく。
それは怪奇として人に寄り添うことを定義付けられたautoscopyにとっては窮屈な話だったはず。
けれど、月待よすがの捨てた縁を拾って、そうなった。そうさせた。

「だから悪いけどさ、君の願いはもう聞けない」




「そんなに生きたいなら、君も探せばいいよ。成り代わってくれる人をさ。
 存外、君なら上手くやれるさ。人の人生を奪うくらい、何てことないでしょ?


「……、違う……! 僕は、僕として生きたいんだよ、autoscopy」
「……自分の、やらなきゃいけないことじゃなくて、やりたいこと……まだ、いっぱいあるんだ」


「だから、を返してほしい」
「君が君として生きれるように、手伝うから……」


「……。ふうん、僕が僕として、ね」


「――ごめん。全然興味ない・・・・や。
 手頃な君の姿を手放してまでアイデンティティなんか要らないよ!」


「――だってさ、僕は悪魔■■だよ。ひとの絶望する顔が大好き♡」


待っ……!!」






長く鋭利な尾が実像の影を捉えれば、その身体を捕らえる。取り込む。
鏡に写る影は、ひとつだけになる。


「安心してよ。僕がちゃんと裏世界を掌握したら別に死んでくれていいよ。
 死にたがりを生かしておくほど僕は酷いやつじゃないから」


「あぁでも君の武装……"キツネノヨメイリ"はやっぱり僕じゃ着れないみたいで困ったな。
 別の怪奇のテリトリーだもんね。まさに触らぬ神に祟りなしだが……」
「まあいいか。僕が全部を手に入れる頃には神の目くらい誤魔化せるだろうし」



己の影に語り掛けながら、大きな鏡を見て。


「……だから、   よすが。君が僕のになってね。
 は僕として生きるから……うん、それでいこう」


異形の角をフードで隠して、これで良い。ぜんぶ終わったね。
床に落ちたタブレットを拾い上げる。

[共有メモ①を削除しました。]
[共有メモ②を削除しました。]

「……これももう要らないね」
「それにしても久しぶりな気がするなあ、裏世界。
 門? の位置はちゃんと確認しておかないと」




――少女が去っていく。



名称:autoscopyオートスコピー
分類:影の病 鏡の悪魔
説明:autoscopyは、鏡を媒体とする"悪魔"です。人の願いを叶える代償として虚像を得て、対象に成り代わります。
   autoscopyは契約者以外に自身の正体ルーツを隠すことでゆっくりと契約者に成り代わり、人間として生活することが可能です。
   完全に契約者に成り代わる前にautoscopyの名を明かさないでください。契約に抵触し、autoscopyの神秘性が保てない可能性があります。