RECORD

Eno.232 月影誠の記録

9/7

趣味を増やせないかと模索をする。

本を読むのは好き内容であればともかく、興味がないことはとことん興味がない。
身近な生物についての書物を読むことは好きだけれども、これでは趣味が増えるとは言えない。

そこで、ふと思い出ついたのがパソコンを使う趣味。
この間パソコンの話題が出て、そういえばと思って開いてみて。
映像作品を見るという発想に至り、ドラマと映画を試すことにした。
親が学習のために買い与えたもの、と考えるとあまり使いたくはないが。
使えるものは使った方がいいだろう。



結論から言うと、「案外悪くない」という結論に至った。
リアルではなく、フィクションだから安心して見ていられる。
リアルではないから、戦闘ほど熱狂するものでもない。

渾身の役者の演技は、限りなくリアルに近くて思わず見入る。
リアルではないから、自身の良くない嗜好も作品が存在することで肯定される。


趣味、として成立させることはできそうな気がする。
土日のどちらかで時間があるときはこれからも続けて見てみよう。
ただ、多分良かった映画やドラマを話すとドン引きされるから
結局人には言えない趣味が増えただけのような気もする。






そうしていると。
夜になって、電話が鳴った。

絶対にもうかかってくるはずないと思っていた相手だった。


「―― は、」




母親と父親は、ずっと躊躇していたのに。
その宛先を見て、急いで電話を取った。

その電話に出る必要性はどこにもなかったのに。
傷つくだけだと分かっていて、電話を取ってしまうのだろう。







「……兄貴」



「お、あっさり電話に出た。
 母親が言ってたよ。誠と連絡取れたって」



「どうしようもない親不孝者で、俺とは大違いだってさ」



「…………」




いつもと違う喋り方だ関西弁じゃないな、と思った。
恐らくは東京に来て、周囲に合わせたのだろう。
方言は地方に染まっていて頭が悪く聞こえるから、だとか。
恐らくはそういう理由。



「その報告をしにわざわざ連絡してきたの?」



「いや? 純粋に気になったことがあったからだけど」




……絶対に碌でもない話だという確信がある。
案の定、それは碌でもない問いかけだった。



「何でさあ。お前ってまだ生きてるの?」



生きる価値もない無能が。そこまでして生き延びて何になんの



「いや、違うな。
 それはこの世界の99.9%の人間に当てはまることだったな」





「―― 加害して、あらゆる命を殺して、快楽を得て」



「人として狂ってんのに、
 それでも生にしがみつこうとするのってどんな気持ちなんだろうなぁって。
 ただの好奇心だよ」



「…………それ、




何も答えられなかった。
死んだ方がいいとは自分がよく分かっている。
ただでさえ出来損ないで、人としておかしくなってしまった人間が自分で。
月影、という名を名乗ることも烏滸がましいのだと。
両親と、兄に、名を否定されている。




「……どうであれ、自殺は生に対しての冒涜でしかない。
 あらゆる生は生きるために生まれてきている。
 それを投げ出すことは、生命としての冒涜でしかない」



「へぇ、誠はその尊ぶべき生命を殺し続けるのに?」



「あらゆる生命は、何かを殺さずして生きていけない。
 兄貴だってそうでしょ?」



「そう。確かにあらゆる生命は、何かを食らわずして生きていけない」



「けれど、お前の場合は。人よりも命を殺さないと生きていけなくて。
 生きる価値もないのに生き物を殺し回って」



「生きるために殺す行為を楽しいとか言う狂人なんでしょ?」



「汚れ切った手で命を弄びながら生きながらえるの。どんな気持ち?」



「…………ッ、」




何も、言い返せない。
言い返すための言葉を、俺は持ち合わせていない。
全部……兄貴の言い分は、真だ。
何の言い分も、否定できない。




「その汚れた手をひたすらに隠して、善人ぶって。
 黒を必死に白と偽る道化じゃん」



「まるで狼少年だ。なのに、何でまだ生きてるの?」



「お前に価値なんてない。
 生きてる価値なんてないんだから、さっさと死ねばいいのに」



「愚かなお前は、誰からも愛される価値なんてないよ。
 ましてや、お前が誰かを愛する価値すらない」



「お前が好きになった人が可哀想だ。
 お前は誰かを不幸にしかできないんだからさあ」




「人知れず独りになることが、
 お前ができる唯一の善行だよ」





そうして、電話が切られた。



「…………はは、」



「その通りすぎて。何にも言い返せないや」





涙は。流れなかった。
人は……分かり切っていることを煽られたとき。
何も、思えないらしい。

暫く音のない空間でぼんやりしていた。
言われた言葉を反芻して、天井を眺めて。
ぽっかりと開いて空虚なままの空白を、正論で埋めようとしている。
あそこから首輪を垂らして台に乗って、足場を蹴り飛ばしたら楽になれるんだろうな。

なんて。
実行に移さないけれど、ぼんやりと考えて。
それだけだった。



それでも俺は、表世界で生きることを決めたから。
抗って、人らしく、歩んでいきたいと願ったから。


明日も、いつも通りに生きていく。
兄の言葉の何もかもが、否定できないとしても。



―― この電話の内容の『違和感』に気が付くのは、もう少し後のことだ。