RECORD

Eno.1015 灰原 よたの記録

開かずの扉_02





長い長い潜戸の中を進んでいく。
先を行く少年の姿も見えないほどの暗闇。
懐中電灯のライトすら通さない、
まるで光の速度すら追い抜いて封じ込める天体のように。
頼りになるのは、先を歩く少年がいるのだと信じる心だけ。



「空、見に行くん?」

「……」



「けっこう木とかで隠れそうなもんだけど。
 つか長いなあここ!いつもこんなん通ってんの?」



「……」



少年は寡黙だった。
多くを語ろうとはせず、ただ道なりに進んでいるのだろうことだけが音として残る。
暫くもすれば、カタンと潜戸を開いて抜けていく姿。
扉の隙間から夜の光が差し込んでいた。


男もそれに続いて、扉を潜った。





















そこにあるのは、赤い空だった。




緩やかに色味を変え、金色に赤紫に青に揺らいでは星々が駆ける。
作り物めいた白い月が空を照らす。
夢に出るような、絵本で描かれるような、それは幻想の景色だった。


神が秘めると書き、それを神秘と呼ぶ。


少年はその神秘を前にして目を細めた。
そのまま、近くの木に立てかけられたものを引きずってくる。


天体望遠鏡だった。
筒もレンズもボロボロで、三脚は不安定に傾いている。
世界の何とも不釣り合いな、現代の科学の結晶であった。


現実と地続きの場所。
表の裏の裏。
裏世界の中の神秘。
少年はそこに溶け込んでいた。
ただ黙って、屈んで、割れかけのスコープに瞳を寄せた。


村の説明ですら口数の少なかった少年は、今やそれひとつに意識を注いで一切に言葉を返さなかった。
男は何度か呼びかけたが、その内容はほとんど覚えていない。
少年も、男も。
そして、巡らせた思いさえ。



(……オーロラとかじゃねえよな。少なくとも、さっきの空じゃない。
 帰れっかなこれ。まあ、帰るしかないか。
 これだけ明るければ下山は……いや、)



漸く、意識が地表に向いた。
木々は空の光を受け強く影を差している。
時折夜色に澱んだときは、一寸先すら覚束無い森の景色へ戻ってくるようだった。
動物の息吹を感じる。
微かに光が途切れることから、雲が流れているのも伝わった。


作り物などではないこと。
故に、帰り道を見失ったこと。
どちらも直感するには十分だった。


懐の中で電話を鳴らす。
繋がらない。
程なくして、録音に切り替える。



「しっかし、綺麗じゃんなあ」







その男は悟っていた。
開くべきでない扉を、既に開けてしまったことを。