RECORD

Eno.232 月影誠の記録

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クロ
『……分からんな』



「え、何が?」




クロの第一声がこれだった。

裏世界に来て、クロと邂逅して情報の共有をした。
するとクロは首を傾げ、電話について思案する。


クロ
『お前の兄がロクでもない人間だと言うことは知っている』


クロ
『勉強のできない人間すべてを見下していれば、
 お前に対する当たりが強いこともそうだ。しかし』


クロ
『お前の加虐性は知らなかっただろう?
 もし百歩譲って察していた可能性はないとは言い切れないが』


クロ
『それではこちらはどう説明する?』




あれは、お前に付き合い始めた人が居る前提の話をしていた。
北摩に来てから一度も家族に連絡を取っていないというのに?



「…………確かに」


クロ
『あれが知りえないはずの事象を知っていた。
 その上で電話をかけてきた』


クロ
『……匂うな。あれのことだ、
 面白がってだとかマウントを取るための電話という可能性も充分あるが』



「……確実に、誰かが俺のことを兄貴に喋ったやつがいる


クロ
『そういうことだ。……しかし、誰が、何のために?』



「クラスのやつ……は、兄貴のこと知らないし、
 そもそも殆ど兄貴の話もしてない」



「関西で繋がりがある怪異の誰か?
 里帰りしたときにこっちでの生活を話したことは何度かあったけど」



「……いや。いい。何かあったら、やり返せばいい。
 だから探らなくていいよ」


クロ
「…………」




不意に。ぽす、とクロが俺の頭に顎を乗せる。
ウルル、と低い唸り声が鳴った。


クロ
『―― 小僧。
 表で生きようとするのは結構だが、一つ忘れているぞ』


クロ
『表で生きるならば、儂とは手を切ってしまえばいい。
 そうすればもう何も毒されず、傷つけずに生きられる』


クロ
『しかしお前は加虐欲や暴走しかねない本能を克服する方針で動いている。
 その理由を、忘れてはいないか?



「…………あ、」




言われてようやく、気が付く。

そういえば、いつの間にか。
精神的にきついときに。クロに会いに行く、という手段がなくなっていた。


クロ
『一番付き合いが長い存在は怪異かもしれない。
 生きづらさに対してロクな解決を与えないし、むしろ生きづらくしてしまった張本人だ。
 それでも、ずっとずっと長くお互いに付き合ってきたはずだ』


クロ
『儂は傍にいる』


クロ
『―― 相棒なのだろう?』




「…………はは、あぁ、何で。
 ずっとずっと、一緒に居てくれたのに、俺は、




大切なものを、諦める必要なんてないのに。
例え、生を肯定されていなくても。死ぬべき生だったのだとしても。
相棒は……その全てを認めた上で、寄り添ってくれる。




「……うん、そうだった。
 クロと一緒に居る事も諦めたくないから、『信仰』という繋がりを模索してることも。
 お前だけは何があっても傍に居てくれることも。忘れそうになってた」




息を大きく吸って、吐き出す。
相変わらずこの世界の空は黄昏れていて、蒼からは程遠い。

ここに住む場所はない。けれど、居場所はある




「ありがとう。もう大丈夫。俺がどんな選択をしても。
 お前だけは、ずっと変わらない唯一の相棒だ


クロ
『―― あぁ』




この先もきっと、妥協だらけで。
諦めて、手放して。けれど手放したくないものもあるから、藻掻いて。
抜け道を探して、自分なりの幸せを見つけるいつもの日々。


いつまでも振り返ってばかりではいられない。
いつか戻ってくると信じるより、戻ってこないと諦める方が楽で。

異世界に渡って心変わりすることもあるかもしれない。
その可能性がないと、どうして言い切れる?

一人でも大丈夫だと。両足でしっかりと立てる方が健全だ。
天井からつり下がった輪っかの先を、どこかで眺めている。


もう一度だけ、振り返ってみて。「アヤメ」と、彼女の名前を呼んで。

そこには、誰ももう、いないから。
俺の傍にいない方がいいから。
このまま、戻ってこなければいいとどこかで願いながら。



そうして、日常に戻っていく。












「……取引、これでよかったんでしょ?」


八千代
「―― あぁ。これでええ。これで約束通り」


八千代
「あんたと契約を結んで、あんたも神秘を使えるようにしたる」