RECORD

Eno.340 月待 よすがの記録

解明:影の病⑥

「……あーあ。残念」
「負けちゃった。……もう離して良いよ? 僕の負け」


autoscopyは嘘をつかない。本来虚像であるその怪奇を怪奇たらしめているのは、そういった法則性。
契約に忠実かつ機械的。どこまでも悪魔らしい性質と、人目につかなければ生きていけない社会性を持っている。
最初に定めた"鬼ごっこ"というルールに負ければ、それは約束通りに実像を返すことになる。


「――まあ、ぼくが貰ったものは持っていくけどね」
「チョーカーも、サングラスも、ボールペンも。……これはぼくのものだから」


「代わりに奪った記憶は返すよ。……生きてて良かった・・・・・・・・んだろ?」




悪魔の通り道。13つめに映る神秘。――鏡の悪魔たるautoscopyの本来の住処こそが、合わせ鏡。
故に、姿を借りたそれが帰っていくのも鏡だ。
鏡の悪魔は鏡面を媒体として移動し、人の願いを叶える。……ただしそれは、歪んだかたちで。
人が願えば願うほど、その在り方は悪性に変貌するのだ。


「君の超常がどれだけ彼女を救ったのかは知る由もないが…、再現性のない奇跡を僕は求めないよ」

だからこそ、autoscopyは人の起こす奇跡を妬む。


「本当に君は酷いやつだ!
 よすがちゃんに成り代わって!好き勝手やって!」

だからこそ、autoscopyは自身の性を恨む。


月待よすがの姿を象ったその悪魔は、自身の与えたゲームに負けることでドッペルゲンガーでなくなった。
ワインに一滴泥が混じればワインでなくなるのと同じように、もう二度と全く同じ精神性で顕れることは無く、人間で言うなればそれは"死"に値する。

しかし運命を否定する願いを叶える神秘が形を持つとしたら"悪魔"であり、
"悪魔"が弱い神秘で人と会話を取るなら"鏡"であり、
"鏡"が貴方を写すとしたら、"autoscopyドッペルゲンガー"――自己像幻視オートスコピーと成るだろう。

その不可思議を否定することは悪魔の証明・・・・・であるが故に、鏡は佇むことになる。
願わくば、もう二度とドッペルゲンガーが誰かの人生を奪わないよう。

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……キーボードを叩き終わるとレポートを保存して、一息。コーヒーを飲み干した。
自身の研究・・の一部が他人に迷惑をかけるのは――これが初めてではないが――面倒なものだと思った。
こうして書き連ねたものを報告書として提出する必要があり、勿論そうなればしっかりと注意を受ける。

人が法律を守る理由が法律に守られるためであるように、月待よすがも同じようにルールを重んじる。
害されたくないから。自身の在り方を無理矢理に暴いてほしくないから、そうする。

けれどこと神秘や怪奇といった裏世界の事象に関してはそういった歯止めは効きにくい。
自己責任の範疇であるなら、目の前の神秘を暴き危害を加えることを厭わない。
彼女の望みもまた、神秘に脅かされた時・・・・・・・・・に死ぬことであったから。

報告を管理局に送信。SURFの通知に目を通して、ため息。
……今回は大勢に迷惑をかけた、その自覚がある。否、そう自覚させられる。
それは月待よすがを"どうでもいい"と思えなかった者の数であり、自分が縁を切りきれなかったものの数値化。
連絡ツールの通知件数はそれを如実に表していて。

「…………生きてるな」


口の中にコーヒーの味が残っている。悪魔に願ったことで取り戻した味覚は、自分が殆ど過ごせなかった夏休みの存在を表していた。