RECORD

Eno.340 月待 よすがの記録

autoscopy

 

相貌失認。目や鼻などのパーツは近く可能であるにも関わらず、顔全体を見て個人の識別をすることの出来ない状態。
視線を向けている方向や対象の性別、表情が判断できず、家族を認識できない場合もある。

事故により後天的に発症したその障害は、自分から縁を奪った。
それからはなるべく人を間違えないように、自分を見失わないように努めた。
髪を染めて、あだ名をつけてみて、不誠実で変わらぬ自分になった。

オカルトは、神秘に繋がる未知であったから好んで調べる。
神隠し。こっくりさん。ひとりかくれんぼ。心霊写真。
暴いて現代の科学に落とし込まれた姿にしたら、何も面白くなかった。

合わせ鏡を本物にしてくれた男の子がいた。
けれどその子は、もうすぐ死ぬらしい。勿体ないと思った。
だからその前に神秘を解体して、その間だけでも面白いことをしようって話した。
その期間には、『恋人』って名前がついた。

普通にデートしたり、SURFを送ったり、名前を呼んだり、裏世界で遊んだ。
そしたらいつの間にか、神秘よりもその子のことが好きだった。
行かないでほしいと思った時に、自分でそれを理解した。

見つけやすいようにデートの服を教えてくれるところが好き。
いい匂いがするところが好き。
一緒に写真の練習をしてくれるところが好き。
気になったものを食べて、味を教えてくれるところが好き。
いつも温かい手が、ちょっと童顔な顔が、笑った顔が好き。
もしも全部終わったら、また沢山好きになりたいと思った。

初恋の子を襲った怪奇と遭った。
その怪奇は、昔の僕を呼んで、僕の内側を暴いた。
……忘れていた。誰かに恋をして、喜んで、普通を楽しむ自分は、死んだのだと。
それからは時折誰かに話しかけられる感覚がした。
主治医の先生は、それを『自己像幻視という病気だ』とおしえてくれた。



――早く死なないの?

うん、わかってる。

――もう、生きてても辛いだけだよね。

そうだね。でもやるべきことはやらなくちゃ。

――じゃあ、その後はちゃんと

…………。

「ちゃんと、もう一回月待よすがを殺しておかないと」



ぜんぶぜんぶ 昔の自分の方が、うまくできたはずだから。
ごめんなさい、ごめんなさい。まともに生きれない僕を見ないでください。
もっとはやく死んでおきたかった。
友達も恋人も後輩も幼馴染も共犯も協力もぜんぶいらなかった。もっと相応しいひとがきっといた。


だから、それからはがんばった。
はやく自由研究が終わるように没頭した。
顔を忘れてもいいといってくれる人がいた。
駄目な時は殺してくれると言ってくれる子がいた。
うまくできない僕だから、友達になりたいと言ってくれる子がいた。
ちょっとずつ、たのしくなった。

協力してもらって、スペアをつくって、やっと準備ができた。
色んなひとにお願いした。
自分は悪い人間だから、不誠実だから、別れるかもって言った。
その時は慰めてあげてねってお願いした。
教えてほしいと言われた、『恋人らしいこと』も多分ぜんぶ教えた。
一緒にデートして、クレープを半分こして、キスして、手を繋いで、好きだって言って、一番をあげた。
やり残したことは 他の人を頼れるように仕込んだ。
都市伝説の調査。神秘の解明。ご飯を食べにいくこと。ぜんぶ代替してもらった。

だから、だからもう大丈夫。
最後の縁を切って、おわりにしよう。
もう誰も幸せにならない人生に区切りをつけられるように。


約束をしたから、その男の子を分離した。
ちゃんと成功したかはその時分からなかったけど、autoscopyが出来たから、大丈夫だと思った。


「大丈夫。ずっと君のそばにいるからね」


ふつうを楽しむことが出来なくなって、神秘に傾倒して。
そのおかげで君がそう言ってくれたのなら、僕は初めて今まで生きてきて良かった・・・・・・・・・・・・と思ってしまった。


自己像幻視autoscopy。語源は、"自分自身を見る"。

ただ自分の寄る辺とするものがすこし代わっただけ。
もう少し、生きるのをがんばってみる。
今日も顔を洗って、それから『月待よすが』を始める。