RECORD

Eno.88 御子柴 桜空の記録

夢見る乙女は一人じゃない

 
ある日、部屋の整理をしていた時。
鍵のかかった引き出しの中に、ひとたばの原稿用紙が仕舞われているのを見つけた。

初めはなにかの課題を忘れたまんまにしてたのかなと思ってたけど。
なんだかカッコの多い文面。あまり作文とかそういうものではなさそうだ。

「これって──小説?」

自分の筆跡だがいつの間に書いたのだろう。覚えがない。
普通は、不気味に思ったりするのだろう。
でも指が赴くままに読み進めていく。そうしたいと思った。






おれは囚われのお姫様。悪い魔王に捕まっていたのを、
勇者ではない、何でもない魔族が連れ出してくれる。

それからは波乱万丈で。魔族にも人間にも追われて、
世界から逃げ出してしまうほどの逃避行。

時には自分たちは侵略者として世界に訪れ、
けれど奪われる悲しみを連鎖させないため、世界を守る方として戦ったり。

時には自分たちは魔の者として召喚されて、
けれどやはり人間たちを守りながら、幾つもの大切な人達と出会ったり。


時間を忘れて、夢に浸るように読んでいく。

俺はその人生を羨ましいと思った。
心の底から、羨ましいなと思った。

主人公の名前を撫でる。




御子柴桜空。

自分でない"御子柴桜空"。
彼の辿った運命を、強く羨み――強く妬んだ。


「なんでおれじゃダメだったんだろう」

呟く。答えてくれる人は誰もいない。
これまでも誰もいなかった。




「……なあ、アンタは……」
「どうして俺のことがそんなに好きなんだよ」



いつかのデート(一方的に言っています)の日。
あの人は、おれにそんなことを言っていた。

まあ、不思議だよね。ただの一目惚れで片づけるには全てが急で、
ご都合で……まるで、おれが何か、"過去の人"の影響を受けてるみたいだったし。


「……ふふっ」
「きっと……おれはずっと君のことを待ってたんだよ」



おれはそう言って笑った。
釈然としなさそうな彼の表情をみて、一層笑みを深めたのだった。






おれは──自分が何も覚えてないことを、知っている。
記憶を持っていないことを知っている。

御子柴桜空が分かたれてしまっていることを、知っている。
北摩市での出来事以外のことが分からなくても、何も知らないただの少女ではない。


元の"桜空"はもしかしたら、現状を見越していたのだろうか。
原稿用紙をまた引き出しの奥深くに仕舞う。


……このままではいけないと、気付いたのだ。
このまま、誰かに寄生し続けるばかりで生きていきたくない。
けれど愛されたい。皆から愛されて生きていたい。

そうだ。だからおれは蜜奈ちゃんと出会った。"こう"なった。
夢見る乙女は一人じゃなかった。お姫様に憧れて、けれどそうはなれなかった。


彼女がまた別の夢を叶えようとするなら、
おれもまた、それを叶える。



「……もしもし、卯日さん?」
「……うん、ありがとう……ごめんなさい、面倒ごとを持ちこんじゃって」


「もう大丈夫です」
「みんなの望みを叶える方法を……思いついたから」



ショーウィンドウに触れる。―――裏世界へと、意識が裏返っていく。