RECORD
Eno.115 古埜岸姉弟の記録
外伝 - 霧崖神代末記《 八柄神 》
俺に力は無い。
それでも、苦しみ倒れ行く仲間たちを見て
黙っていられるほど利口でも無い。
一晩で、小国のひとつが溶岩に沈んだ。
贄を捧げなければ、
青い死毒の熱波が湧き上がり、村を滅ぼした。
この国を守らねば。
この国を変えなければ。
耐えるのだ。
耐えて、神の写し身を壊すのだ。
憎き神に悟られぬように、写し身だけを完膚無きまでに。
全部で七つ。
七つ目の写し身を討ち取る間に、
俺の家に白羽の矢が突き立った。
心が無くなった。
妻は恙無く、俺の前から消えた。
俺に力は無い。
だから手にとる。
写し身を打ち砕き、手にした"柄"。
俺らの打った刃を組み付けた神の刀。
全部で七振り。
ようやく太刀打ちできる。
チクショウ殿、本当にこれで良いのだな。
これで我らは報われるな。
俺たちに、力を。


待ち受けるのは、大いなる山の神。

何人死んだ。
誰が誰の刃を拾った。
もうわからないが、俺はまだこれを握っている。
ある者は火砕流に呑まれ、
ある者は死毒の熱に臓腑を焼かれ
ある者は神の一太刀で沈んだ。
かろうじて神器に守られる我らに、神は問う。
この七振りが誰の物かと。
俺たちの物だと叫んでやったが、神は笑った。
神が腕を揺り動かすだけで、
神器と呼ばれたそれらは
いとも容易く俺たちの手から剥がれていく。
これはもともと神の一部なのだから
ずっと掌の上でしかない。
頼みの綱さえ失った俺たちを神は見降ろす。
絶望の顔を期待しているのだろう。
ああ。
喉が灼ける。
だが、これだけは
言ってやらないと——














俺だけではない。
誰もが写し身、お前に、
完膚なきまでの恐怖と絶望を
魂の骨の髄まで刻みつけた張本人。
死なないのだから命乞いも何もなかった。
死なないのだから死ぬより酷い責苦を与え続けられた。
ほら、少し刃を向けてやれば瞳には怯えが滲んでいるのがわかる。
触れずとも息も絶え絶えだ。
腕も、脚も、思うように動くまい。
贄として捧げるため痛みつけた娘御らと何ら変わりはない。
もう気高き武神の心など見る影も無い。
お前の柄は、既に折れている。
それが民の声だ、八柄神。
怒りを知れ。
俺たちの怒りを。
怒りを!
怒りを!!!
怒りを……──

それでも、苦しみ倒れ行く仲間たちを見て
黙っていられるほど利口でも無い。
一晩で、小国のひとつが溶岩に沈んだ。
贄を捧げなければ、
青い死毒の熱波が湧き上がり、村を滅ぼした。
この国を守らねば。
この国を変えなければ。
耐えるのだ。
耐えて、神の写し身を壊すのだ。
憎き神に悟られぬように、写し身だけを完膚無きまでに。
全部で七つ。
七つ目の写し身を討ち取る間に、
俺の家に白羽の矢が突き立った。
心が無くなった。
妻は恙無く、俺の前から消えた。
俺に力は無い。
だから手にとる。
写し身を打ち砕き、手にした"柄"。
俺らの打った刃を組み付けた神の刀。
全部で七振り。
ようやく太刀打ちできる。
チクショウ殿、本当にこれで良いのだな。
これで我らは報われるな。
俺たちに、力を。


七の長
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
霧崖国にある八小国、その7つ目の小国の長。
平凡な男であったが、全てを捨てた。
捨てた。
待ち受けるのは、大いなる山の神。

何人死んだ。
誰が誰の刃を拾った。
もうわからないが、俺はまだこれを握っている。
ある者は火砕流に呑まれ、
ある者は死毒の熱に臓腑を焼かれ
ある者は神の一太刀で沈んだ。
かろうじて神器に守られる我らに、神は問う。
この七振りが誰の物かと。
俺たちの物だと叫んでやったが、神は笑った。
神が腕を揺り動かすだけで、
神器と呼ばれたそれらは
いとも容易く俺たちの手から剥がれていく。
これはもともと神の一部なのだから
ずっと掌の上でしかない。
頼みの綱さえ失った俺たちを神は見降ろす。
絶望の顔を期待しているのだろう。
ああ。
喉が灼ける。
だが、これだけは
言ってやらないと——

——先刻。

「七の長殿?
なぜこちらに戻られたのです。
既に神との決戦は始まっているはず……」

「犠牲者が多すぎる!
このままでは削り切られるだけだ、何か策を……」

「好機は訪れると申したはずですが……
いえ、ならば御主にはお教えしましょうか。
他言は無用、ということで」

「八柄神は、最後の戦場にて御主らから七振りを奪い、
その手に取り戻しまする、必ず」

「神器を奪われる!?
それのどこが好機だ!」

「落ち着かれませ。七の長殿。
以前にも申したはずです。
八柄神の写し身とは、
人々の声を聞き届けるために遣わされたものだと。
彼の神は、分かれた写し身を己の身に取り込む時、
その記憶と感覚を統合しまする。
民の言葉も、そこから得た喜びも」

「悲しみも、痛みも、苦しみも」

「死より悲惨な責苦の数々も
開いたままの心の外傷も
7人分」

「そうすることで、
又聞きではなく、直に民の声を聞いてくださる
良き父に御座りまする」

「………………………」

「言いたいことは既に7人の写し身にお伝えになったでしょう。
あとは」

「よう聞かせて差し上げませ」

俺だけではない。
誰もが写し身、お前に、
完膚なきまでの恐怖と絶望を
魂の骨の髄まで刻みつけた張本人。
死なないのだから命乞いも何もなかった。
死なないのだから死ぬより酷い責苦を与え続けられた。
ほら、少し刃を向けてやれば瞳には怯えが滲んでいるのがわかる。
触れずとも息も絶え絶えだ。
腕も、脚も、思うように動くまい。
贄として捧げるため痛みつけた娘御らと何ら変わりはない。
もう気高き武神の心など見る影も無い。
お前の柄は、既に折れている。
それが民の声だ、八柄神。
怒りを知れ。
俺たちの怒りを。
怒りを!
怒りを!!!
怒りを……──
