RECORD
●認識の檻
■ヒプノス
裏世界に生息するアリ型の怪異。
人間と同等の知能、精神を持ち、巨大な巣の中で独自のコミュニティを築いている。
人格に近い物を持ち合わせているのにも関わらず、同種同士のほんの小さな諍いすら起こすことがない。
一説には常に夢を見ている状態であると考えられており、名もそこから来ている。

「じゃん、取ってきたぞ!
親父の研究ファイル!」

「え、本当に取ってきたの!?」

「いつも同じところに鍵置くって本当だったよ! パスカードってのも財布の中だったし!」

「頼んだの俺だけど……バレたらヤバいよ……早くもとに戻そ」

「うん、早く元に戻せばいいや。
ささっと読んじゃえよ」

「う、うん……」

「……」

「知らない言葉と文字ばっかでわかんないんだけど」

「前頭葉白質切截術……」

「何それ」

「精神外科手術の一種で……脳みそを直接切って、精神病……暴れたりする患者を大人しくさせる施術だ」

「暴れたりする?
へえ、じゃあ田中とかもそれ受けたら大人しくなんのかな?」

「そんな気軽にやっていいものじゃないよ……
別名ロボトミー手術。
60年近く前のもので、今じゃ禁止されてるんだ」

「へぇ、なんで?」

「脳が切られて大人しくなるんだよ?
植物人間と何が違うの?」

「植物人間ってぇ……事故とかで喋れなくて、植物みたいな人って意味だったか……
でも、そのロボット術ってのはやっても喋れたりするんだろ?」

「ロボトミー手術。
喋れたりするけど、元の人と別人みたいになったり、計算とかも出来なくなったり……元気がなくなって……とにかく、良くないものとして禁止されたんだ」

「元気が無くなるのは確かに良くないな。
病気を治すためにしたのに、元気なくなっちゃ今ないじゃんか」

「というか、なんでそんなものが親父のファイルに書かれてるんだ?
とっくの昔に禁止されたものを研究しても仕方ないよな」

「それを今見てる……あっ」

「白質切截式卵母細胞移植適合術……」

「な、なげー」

「白質切截式は……さっき言ったロボトミー手術を元にした物だとして……
卵母細胞……移植……?」

「卵を代わりに入れたりすんのかな」

「ヒプノスって……いつも兄貴達が退治してる怪奇、だよね」

「あー、あの蟻。
そういえば卵を壊すなっていつも言われてたな」

「今まで、危険だから退治してたんじゃなくて、卵の採取のため……?
卵を移植して……深層心理の同期……
心因性反応消失……」

「え、わかんないわかんない」

「今見てるから黙れよ!!」

「ご、ごめん……」

「……心臓を切除……移植……」

「…………どうしよう」

「見終わった?」
「兄貴、どうしよう!!
来月、兄貴が手術されちゃう!!」

「へ?
手術って、そのー、白質切截式卵母細胞移植適合術ってやつ?
俺病気じゃないぞ?」

「等施術は不完全で……
安定化の為に神秘適合化値の高い、被検体番号22を……
被検体番号22は、兄貴の事だ……」

「あ、ほんとだ。俺の写真だ」

「え、つまり実験のために、俺はヒプノスの卵を心臓に植え付けられるの?」

「植え付けるんじゃなくて、丸ごと交換されちゃうんだよ!
しかも脳を切って何も考えられなくさせられて!」

「え、なんで!?」

「ヒプノスはどんなに辛い目にあっても怒らないから、その卵を人の心臓に告げ替えて……
なんでそれを兄貴に!?」

「留ちゃん、落ち着け!
2人でちゃんと読めば、なんか分かるかもしれないし……
俺にも見せて!」

「う、うぅ……」
…………

「深層心理の同期、とかはわかんないけど、
とりあえず、ロボトミー手術?を……
白質なんとかかんとか術っていうのにして、
親父達は受けた人が植物人間にならない、完璧なロボトミー手術を作りたいってこと、なのか?」

「多分、そう……」

「じゃあ大丈夫じゃん!
植物人間にはならないんだろ?」

「大丈夫じゃない!!
心臓がヒプノスの卵になるんだぞ!?
しかもまだ未完成で実験段階で……
無事で済むわけないだろ!!」

「それに……
なんかおかしい……
心因性反応消失って、やっぱり植物人間と同じだろ……?
心が反応しなくなるって読めるよ?」

「ヒプノスの卵を入れるから虫人間か?
虫もやだな。
じゃあ、ダメかあ」

「ダメだよ……」

「親父に言っても……」

「聞くわけないじゃないか」

「じゃあ、家出するかあ」

「えっ」

「俺、虫人間になるのやだし。
明日学校行く振りして、電車乗って遠くに逃げよう」

「そ、そんな……上手くいくかな……」

「このファイルを警察に届けたら、ダメってしてくれないかな」

「嫌がる人の心臓を卵に変える罪ってあるのかな?」

「わかんない……」

「留ちゃんがわかんないになっちゃった。
でも任せろ、俺がなんとかする!」

「俺は虫人間にもならないし、留ちゃんもさせない!
こう見えてお小遣い貯めてるから、遠くに逃げよう!」

「兄貴……」

「本当に制御の効かない奴等だ。
ファイルを盗み出すなんて」

「あっ、あっ……」

「親父……!!」

「施術の予定を早めるとする。
大人しくしていなさい。
被検体No.22」
複数人の足音、人影

電流の音

「留ちゃん!! 逃げろ!!」

「逃げるって……」

「いいから、どっか大人……
交番とかに、それ持って……」

「兄貴……!!」
あの電流は何度か押し付けられたことがある。
熱くて、痛くて、それからよく覚えてない。
正直怖かった。
でも留ちゃんが捕まって、酷いことされる方がもっと怖かった。
地面を蹴って、大人に飛び掛る。
弟の叫び声。
大きな爆発のような、電気の音。
記憶はここで途絶えている。