RECORD
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今日も出ないつもりでいたのだが、どうしても話したいことがあり電話を取ることにした。
どうせ無視したところで、自責意識が支配するのだから。
出てしまうのが一番楽……では、あるのだけれども。
きっと、夜遥はそれを『良し』とはしてくれないのだろうな。

真
「あ、今回は出たんだ。もう出ないかと思った」

誠
「出るつもりなんてなかったよ。
……ただ、どうしても聞きたいことができた」

真
「へぇ、兄からの電話を散々無視した挙句、
聞きたいことがあるなんてどのツラして言ってんの?
出来損ないからの質問なんて答える義理がどこにもないんだけど?」

真
「けど、そうだねぇ……
『今まで兄の電話を無視してすみませんでした。
俺は月影家の面汚しで両親と兄の顔に泥を塗ったゴミです』
って土下座してくれたら1つくらい聞いてやってもいいよ」

真
「お前と違って、俺の貴重な時間を割くんだ。
相応の質問をしろよ」

真
「まあ、誠心誠意の謝罪をしたら、の話だけど」

誠
「…………ッ、」
些細な質問だ。別に聞くまでもないような、しょうもない質問。
電話越しだから、真に土下座をしているかどうかなんて分からないだろう。
そもそも、そんなものに応じてまで聞く必要があることかと問われれば、否。

誠
「…………」

誠
「……………………」
あれは、煽っている。
拒否することで沸き立つ忌避感と罪悪感を。

誠
「……い、」

誠
「今まで……兄の電話を無視して、すみませんでした……
俺は月影家の面汚しで……両親と、兄の顔に……泥を塗った、ゴミです……」
首輪をつけられて、鎖で引っ張られている。
じゃらじゃらと、ありもしない金属音が耳鳴りのように響く。
兄貴の嘲笑が、耳障りだ。

真
「……ははっ」

真
「本当にやるんだ、気持ち悪。
プライドとかないの? 意地汚すぎて呆れを通り越すな」

誠
「……。…………それで」

誠
「兄貴は熱出したときって学校休まされてた?」
聞くようなことではない。分かっている。
ただ、疑いもしなかった常識があるということを自覚しただけ。
それを兄貴に聞いたってどうしようもない話なのだけれど。
「あとはアヤメはおとなしい服の方が似合うよ。
そういう話じゃないって? そっかあ」
これは惚気。
「風邪でもそうなんだけど、とりあえず熱!
って感じなんだよな。金曜日のは風邪じゃないんだけど」
「42度からが本番、って親から習ったんだけど、
3人って42度代出したことある?」
あってたまるか。
「それは分かる気がする。
あやめるは奥ゆかしき美人さんだよ……」
首肯。
「ない。
てか42度って普通に生死の境じゃね」
今日、教室でこういうやりとりになって。
そのときは大して何とも思わなかったのだけれども、
棘が刺さったような違和感を覚えて、拭えなかった。
後になって思えば。
これを……否定、したかったのだろうな、と思う。

真
「そりゃ、37度以上出たら休まされて看病されてたけど」

誠
「……俺は39度以上でも学校に行かされたよ」

真
「知ってるよ。お前には言ってるの聞いたし。
42度からが本番だとか、この程度で休むとか甘えだとか」

真
「大体お前だけだよ、知らないの。
知ったところでお前の面倒なんて見る価値がないことには
変わりないんだけどさ」

誠
「……じゃあ。やっぱり知ってて言ったんだ」

真
「そりゃあそうだろ。お前だけ知らなかったんでしょ。
体温計ってさあ、42度までしか計れないんだけど、何でか知ってる?」

真
「それ以上は死ぬからだよ」

真
「さっさと死ねって言ってたのに。
お前は本当に何も理解できなかったんだなぁ」

誠
「…………、」

真
「あぁ、これだから無知って可哀想だ」

真
「親なりの熱心な教育だと思ったの?
そんなわけないだろ。思い上がるのも大概にしろよ」
―― そうして、電話は切られた。
好き放題言う兄の声は、随分と楽し気だった。
楽しんでいる。出来損ないを虐げることを。

誠
「…………」

誠
「……そりゃあ、そうだよな」
信じたかったんだな。
これが教育の一環で、兄と同じになるための励ましだったんだって。
歪んでいてもいいから、愛していた証だったのだって。
思い込んでいたかったのだろうな。
そんなもの、ありもしないのに。


