RECORD
Eno.1461 篠崎 駿の記録
Friend of Shadow
俺たちが『ヨウコウ』のフードコートに集まったのは、駿がいる北摩市へ向かう前のことだ。ショッピングモールの喧騒が遠くに響く中、フードコートの喧騒はどこか懐かしい空気を作り出していた。
プラスチック製のテーブルと椅子の並ぶこの場所は、昔から俺たちの溜まり場だった。久しぶりにこの三人で集まるのは、なんだかんだで楽しかった。空調の効いた空間に、揚げ物の香りと人のざわめきが混ざり合い、妙に落ち着く。
どうやら高橋が先に着いて、窓際の席を確保してくれていたらしい。
ガラス越しに差し込む午後の陽光が、彼女の髪をほのかに輝かせていた。
俺はトレイに唐揚げと飲み物を乗せて席に滑り込む。油っぽい香りが鼻をくすぐり、腹の虫が騒いだ。
高橋はハンバーガーを片手に、ノーパソの画面を睨みながらキーボードをカタカタ叩いていた。彼女の指先は忙しなく動き、時折眉間に皺が寄る。いつもの明るい笑顔とは裏腹に、どこか真剣な雰囲気が漂っていた。
「なーにしてんの?」
俺は唐揚げを口に放り込みながら、軽い調子で高橋に絡んだ。
高橋は一瞬手を止めて、画面から目を離さず少し難しい顔をした。
「研究用の資料集め。やっぱり『あの世界』のことが何か分かればと思ってさ。」
『あの世界』──その言葉を聞いた瞬間、俺の箸がピタリと止まった。咀嚼するのも忘れて、周囲を素早く見回す。近くのテーブルでは家族連れが笑い合い、カウンターでは店員が忙しなく動いている。誰も俺たちの話に耳を傾けていないことを確認してから、声を潜めた。
「『裏世界か…』ここも前に比べりゃ落ち着いたとはいえ、まだまだだもんな…」
高橋は小さく頷き、ノーパソの画面をスクロールしながら続けた。
「そうそう。彰と私で何とかしてるけど、いずれまた前みたいになる可能性も視野に入れないと…」
彼女の指がキーボードを叩く音が、いつもより少し力強かった。画面の光が彼女の顔を青白く照らし、普段は隠している悲しげな表情が一瞬覗いた。
「私たち、駿君に助けられてばっかりだよね…」
いつもは底抜けに明るい高橋が、こんな弱音を吐くなんて珍しい。俺は唐揚げを飲み込んで、軽く笑ってみせた。
「なんだよ、珍しく弱気じゃん」
自分でもそう言ってみたものの、正直なところ、心の奥でモヤモヤしたものが蠢いていた。もしかしたら、俺たちは駿に頼りすぎてるんじゃないか? あいつに頼られてるんじゃなくて、ただ足手まといになってるだけなんじゃないか? そんな邪な考えが頭を過る。
ふと、俺は口に出していた。
「…そういえば、俺たち、あいつの影見たことないよな…?」
そうだ、今思い返してみると、駿は俺たちに自分の「影」を見せたことが一度もない。あいつはいつだって、俺たちの前では力を完璧にコントロールしているように見えたそれにあいつは俺たちの前ではいつも明るく弱音は絶対見せなかった。
でも、もしあいつがその力を上手く扱えてないとしたら? もし、影に飲み込まれる恐怖と戦いながら、ひとりで全部抱え込んでるんだとしたら? あのいつも飄々とした笑顔の裏で、どれだけの重圧を背負ってるんだ?
そんなことを考えていると、フードコートの入り口から聞き慣れた声が響いた。
「すまない、遅れた」
振り返ると、そこにはもう一人の幼馴染、葉隠 彰が立っていた。トレンチコートを羽織ったその姿は、まるで映画の探偵のようだ。
実際、彰はこの辺じゃ知らない者はいないほどの有名人で、巷では『白馬の探偵王子』なんて呼ばれてるらしい。
探偵業をこなしながら、裏世界の謎を追い続ける彼の目は、いつも鋭い光を宿している。
「お目当ての物だよ、陽介」
彰はそう言うと、紙袋を差し出してきた。
「おっ、待ってました!」
俺はワクワクしながら紙袋を開ける。だが、中から出てきたのは、ピンク色の表紙にハートマークが散りばめられた、明らかに少女向け漫画の『ラブソーン』だった。
「って、なんでラブソーン!?」
「あっ、間違えた…こっち!」
彰は珍しく慌てた様子で、もう一つの紙袋を差し出してきた。
普段の冷静な探偵のイメージとは裏腹に、ちょっと間抜けな一面が見えて、俺は思わず笑いそうになった。
こいつのこういう意外な趣味、嫌いじゃない。
今度こそ、紙袋から取り出したのは目当ての物──香水瓶と呼ばれる音楽プレイヤーだった。
「これって?」
隣で雪が興味深そうに覗き込む。
俺は少し微笑んで答えた。
「音楽プレイヤー俺、あいつの誕生日プレゼント、渡せてなかったんだよな」
彰は少し申し訳なさそうな顔で、ポケットから小さな包みを差し出した。
「な、陽介。これ、僕からもって渡してくれないかな…」
中には、シンプルだが洗練されたデザインのデジタル時計が入っていた。
「なにこの時計? 見たことないよ。陽介、知ってる?」
高橋が興味津々に時計を手に取り、くるくると眺め回す。
「いや、俺も知らねえな。こんなの、カタログにも載ってなかったぞ?」
俺も時計を手に取ってじっくり見る。どこのメーカーとも書かれていない。無骨な作りなのに、どこか繊細な雰囲気が漂っていた。
すると、彰が少し頬を赤らめながら、ぼそっと言った。
「あの…それ、僕が作ったんだ…」
「マジかよ!? お前、器用なのは知ってたけど、時計まで作れんの!?」
俺は思わず声を上げた。彰のこういう隠れた才能には、いつも驚かされる。
「で、陽介、これも私からって渡しといてくれない?」
高橋がニコッと笑って、USBメモリを差し出してきた。黒い筐体に、彼女らしいカラフルなステッカーが貼られている。
「なんでUSB?」
俺は首を傾げながら受け取る。
「ふふっ、あっちに着いてからのお楽しみ♪」
高橋はいたずらっぽくウインクした。彼女のこういう茶目っ気は、場を和ませるのにいつも一役買う。
俺は腕時計に目をやる。もうすぐ電車が来る時間だ。
「俺、そろそろ行くわ。ここ、電車逃すと二時間待ちなんでな」
「あっ、もうそんな時間? 結構話してたんだね」
高橋が少し驚いたように目を丸くする。
彰も頷きながら、改めて念を押してきた。
「それじゃ、頼むよ、陽介。ちゃんと渡しておいてね」
「私のもね!」
高橋がニヤリと笑いながら付け加える。二人にこうやって釘を刺されると、なんだかんだプレッシャーを感じるな。
俺は二人に軽く手を振って、駅に向かった。
駅のホームで電車を待ちながら、俺は手に持ったプレゼントを眺めた。
音楽プレイヤー昔の俺は、それを外界から自分を閉ざすための道具として使っていた。耳を塞いで、誰とも関わらずに済むように。でも、駿のおかげで、俺は自分の「影」と向き合うことをやっと始められた。あいつの存在が、俺に目を逸らすのをやめさせたんだ。
もし、駿が今、ひとりで苦しんでるなら。もし、あいつの影があいつを飲み込もうとしてるなら。
今度は俺たちが、あいつの影と戦う番かもしれない。あいつが俺たちのために戦ってくれたように。
そんなことを考えているうちに、遠くから電車の汽笛が聞こえてきた。ホームに立つ俺の背後には、なんの変哲もない田舎の風景が広がっている。のんびりとした田園風景と、遠くに見える山の稜線。
都会の喧騒とは無縁のこの場所で過ごす時間も、悪くないのかもしれない。そんなことを思いながら、俺は電車に乗り込んだ。
プラスチック製のテーブルと椅子の並ぶこの場所は、昔から俺たちの溜まり場だった。久しぶりにこの三人で集まるのは、なんだかんだで楽しかった。空調の効いた空間に、揚げ物の香りと人のざわめきが混ざり合い、妙に落ち着く。
どうやら高橋が先に着いて、窓際の席を確保してくれていたらしい。
ガラス越しに差し込む午後の陽光が、彼女の髪をほのかに輝かせていた。
俺はトレイに唐揚げと飲み物を乗せて席に滑り込む。油っぽい香りが鼻をくすぐり、腹の虫が騒いだ。
高橋はハンバーガーを片手に、ノーパソの画面を睨みながらキーボードをカタカタ叩いていた。彼女の指先は忙しなく動き、時折眉間に皺が寄る。いつもの明るい笑顔とは裏腹に、どこか真剣な雰囲気が漂っていた。
「なーにしてんの?」
俺は唐揚げを口に放り込みながら、軽い調子で高橋に絡んだ。
高橋は一瞬手を止めて、画面から目を離さず少し難しい顔をした。
「研究用の資料集め。やっぱり『あの世界』のことが何か分かればと思ってさ。」
『あの世界』──その言葉を聞いた瞬間、俺の箸がピタリと止まった。咀嚼するのも忘れて、周囲を素早く見回す。近くのテーブルでは家族連れが笑い合い、カウンターでは店員が忙しなく動いている。誰も俺たちの話に耳を傾けていないことを確認してから、声を潜めた。
「『裏世界か…』ここも前に比べりゃ落ち着いたとはいえ、まだまだだもんな…」
高橋は小さく頷き、ノーパソの画面をスクロールしながら続けた。
「そうそう。彰と私で何とかしてるけど、いずれまた前みたいになる可能性も視野に入れないと…」
彼女の指がキーボードを叩く音が、いつもより少し力強かった。画面の光が彼女の顔を青白く照らし、普段は隠している悲しげな表情が一瞬覗いた。
「私たち、駿君に助けられてばっかりだよね…」
いつもは底抜けに明るい高橋が、こんな弱音を吐くなんて珍しい。俺は唐揚げを飲み込んで、軽く笑ってみせた。
「なんだよ、珍しく弱気じゃん」
自分でもそう言ってみたものの、正直なところ、心の奥でモヤモヤしたものが蠢いていた。もしかしたら、俺たちは駿に頼りすぎてるんじゃないか? あいつに頼られてるんじゃなくて、ただ足手まといになってるだけなんじゃないか? そんな邪な考えが頭を過る。
ふと、俺は口に出していた。
「…そういえば、俺たち、あいつの影見たことないよな…?」
そうだ、今思い返してみると、駿は俺たちに自分の「影」を見せたことが一度もない。あいつはいつだって、俺たちの前では力を完璧にコントロールしているように見えたそれにあいつは俺たちの前ではいつも明るく弱音は絶対見せなかった。
でも、もしあいつがその力を上手く扱えてないとしたら? もし、影に飲み込まれる恐怖と戦いながら、ひとりで全部抱え込んでるんだとしたら? あのいつも飄々とした笑顔の裏で、どれだけの重圧を背負ってるんだ?
そんなことを考えていると、フードコートの入り口から聞き慣れた声が響いた。
「すまない、遅れた」
振り返ると、そこにはもう一人の幼馴染、葉隠 彰が立っていた。トレンチコートを羽織ったその姿は、まるで映画の探偵のようだ。
実際、彰はこの辺じゃ知らない者はいないほどの有名人で、巷では『白馬の探偵王子』なんて呼ばれてるらしい。
探偵業をこなしながら、裏世界の謎を追い続ける彼の目は、いつも鋭い光を宿している。
「お目当ての物だよ、陽介」
彰はそう言うと、紙袋を差し出してきた。
「おっ、待ってました!」
俺はワクワクしながら紙袋を開ける。だが、中から出てきたのは、ピンク色の表紙にハートマークが散りばめられた、明らかに少女向け漫画の『ラブソーン』だった。
「って、なんでラブソーン!?」
「あっ、間違えた…こっち!」
彰は珍しく慌てた様子で、もう一つの紙袋を差し出してきた。
普段の冷静な探偵のイメージとは裏腹に、ちょっと間抜けな一面が見えて、俺は思わず笑いそうになった。
こいつのこういう意外な趣味、嫌いじゃない。
今度こそ、紙袋から取り出したのは目当ての物──香水瓶と呼ばれる音楽プレイヤーだった。
「これって?」
隣で雪が興味深そうに覗き込む。
俺は少し微笑んで答えた。
「音楽プレイヤー俺、あいつの誕生日プレゼント、渡せてなかったんだよな」
彰は少し申し訳なさそうな顔で、ポケットから小さな包みを差し出した。
「な、陽介。これ、僕からもって渡してくれないかな…」
中には、シンプルだが洗練されたデザインのデジタル時計が入っていた。
「なにこの時計? 見たことないよ。陽介、知ってる?」
高橋が興味津々に時計を手に取り、くるくると眺め回す。
「いや、俺も知らねえな。こんなの、カタログにも載ってなかったぞ?」
俺も時計を手に取ってじっくり見る。どこのメーカーとも書かれていない。無骨な作りなのに、どこか繊細な雰囲気が漂っていた。
すると、彰が少し頬を赤らめながら、ぼそっと言った。
「あの…それ、僕が作ったんだ…」
「マジかよ!? お前、器用なのは知ってたけど、時計まで作れんの!?」
俺は思わず声を上げた。彰のこういう隠れた才能には、いつも驚かされる。
「で、陽介、これも私からって渡しといてくれない?」
高橋がニコッと笑って、USBメモリを差し出してきた。黒い筐体に、彼女らしいカラフルなステッカーが貼られている。
「なんでUSB?」
俺は首を傾げながら受け取る。
「ふふっ、あっちに着いてからのお楽しみ♪」
高橋はいたずらっぽくウインクした。彼女のこういう茶目っ気は、場を和ませるのにいつも一役買う。
俺は腕時計に目をやる。もうすぐ電車が来る時間だ。
「俺、そろそろ行くわ。ここ、電車逃すと二時間待ちなんでな」
「あっ、もうそんな時間? 結構話してたんだね」
高橋が少し驚いたように目を丸くする。
彰も頷きながら、改めて念を押してきた。
「それじゃ、頼むよ、陽介。ちゃんと渡しておいてね」
「私のもね!」
高橋がニヤリと笑いながら付け加える。二人にこうやって釘を刺されると、なんだかんだプレッシャーを感じるな。
俺は二人に軽く手を振って、駅に向かった。
駅のホームで電車を待ちながら、俺は手に持ったプレゼントを眺めた。
音楽プレイヤー昔の俺は、それを外界から自分を閉ざすための道具として使っていた。耳を塞いで、誰とも関わらずに済むように。でも、駿のおかげで、俺は自分の「影」と向き合うことをやっと始められた。あいつの存在が、俺に目を逸らすのをやめさせたんだ。
もし、駿が今、ひとりで苦しんでるなら。もし、あいつの影があいつを飲み込もうとしてるなら。
今度は俺たちが、あいつの影と戦う番かもしれない。あいつが俺たちのために戦ってくれたように。
そんなことを考えているうちに、遠くから電車の汽笛が聞こえてきた。ホームに立つ俺の背後には、なんの変哲もない田舎の風景が広がっている。のんびりとした田園風景と、遠くに見える山の稜線。
都会の喧騒とは無縁のこの場所で過ごす時間も、悪くないのかもしれない。そんなことを思いながら、俺は電車に乗り込んだ。