RECORD

Eno.2602 比良井燈の記録

#1 | いびつ


空は手が届きそうもないくらい高くて、風は掴めそうもないくらい透き通っている。
ぼんやり山を登ってると……嫌なこと、全部忘れられる。

みんなよりも落ち着きがないこと。
みんなよりもうまくできないこと。

お母さんに言いつけられたのを忘れちゃって怒られたのが、ちょっと嫌だったとか。
お父さんに相談したら、困った顔で肩をすくめて、ご飯に連れて行ってくれたとき。
あんまり味がしなかったとか、それでも背伸びして嘘をついてみたりとか。


わたしはやっぱりまだ未熟で、わたしはやっぱり落ちこぼれだった。

人とあべこべのことをしてしまうこと。
嫌なことが許せなくて、それでもそれを口に出す勇気はないから、ちょっと傷ついてしまうこと。


ふいに息を吐いて、それから、また冬の空に消えていった。

おぼえてるかな、お母さん。
わたしたち、昔はこうやって、家族みんなで高いところをのぼったんだよ。

おぼえてるかな、お父さん。
わたしたち、これからもそんなこと、できるかな。

できたらいいな、できるかな。

そうやって、繰り返してるうちに、ふと足を踏み外したの。



「祈ればいいの」

「自分が他人と違いますようにって」

「"普通"に固執しないで、あなたは特別になれる」


それから、わたしの体が少しだけ浮いて、おしりに来るはずだった大きな衝撃は嘘みたいに消えちゃったんだっけ。

────それがわたしの、みんなに隠した秘密神秘の、最初のひとくちめだった。