RECORD

Eno.1461 篠崎 駿の記録

Recollection

世間は十一月に入り、街路樹の葉が赤く染まり始めている。

テーブルには陽介が朝から仕込んだ豚の角煮が並ぶ。香ばしい醤油の匂いが店内に漂う。

陽介は相変わらず店に居座り、朝の仕込みから夜の片付けまで手伝ってくれる。

今夜は陽介が「晩酌しようぜ」と言い出した。カウンターに日本酒の瓶と、つまみのチーズが並ぶ。

「相棒、今日は特別だ。地酒持ってきた」

陽介が瓶を掲げる。ラベルには「湖畔の月」と書かれている。地元——俺たちの故郷の酒だ。

俺はグラスを受け取り、注いでもらう。琥珀色の液体が揺れる。

「陽介、こんなのどこで」

「親父に頼んだ。デパートの仕入れルートでな」

陽介がニヤリと笑う。俺は苦笑いしながら、一口飲む。喉を滑る温かさと、ほのかな甘みが広がる。

「……美味い」

「だろ? 地元の味って、やっぱ違うよな」

陽介が角煮を箸でつまみ、口に運ぶ。俺も真似する。柔らかく煮込まれた肉が、口の中でほろりと崩れる。

テレビからはニュースが流れている。世間は選挙の話題で持ちきりだ。俺たちは特に興味もなく、グラスを傾ける。

陽介がふと、グラスを置いた。

「なあ、駿」

「ん?」

「雪と彰のこと、最近どう思う?」

俺は箸を止める。二人の久しぶりに見た姿が脳裏をよぎる。

「……楽しそうだったな。あの夜」

「ああ。雪、笑ってたよな。昔みたいに」

陽介がグラスを回しながら、続ける。

「でもさ、画面越しじゃなくて、ちゃんと会いたいよな」

俺は黙って頷く。確かに。あの夜、雪の寝息が聞こえた時、画面が邪魔に感じた。

陽介が俺の目を見て、真剣な顔で言った。

「駿、一旦地元に帰れよ」

「……え?」

「雪や彰、父さんもいるだろ。みんな、駿のこと待ってるぜ」

俺はグラスを握りしめる。地元。湖畔の町。父さんの刑事部屋。雪のボサボサ髪。彰の紅茶。

「……でも、店はどうする」

「バーカ、俺がいるだろ」

陽介が笑う。俺は苦笑いしながら、角煮をつまむ。

陽介が日本酒を注ぎ直す。俺はグラスを受け取り、一気に飲み干す。

「……分かった」

「決まりだな!」

陽介がグラスを掲げる。俺も合わせる。カチン、と音が響く。

「地元に、帰る」

陽介がニヤリと笑う。

「雪にスケバン着せようぜ」

「そっとしといてやれよ」

俺たちは笑い合う。暖炉の火が、ぱちり、と音を立てて揺れる。

翌朝、俺は荷物をまとめた。陽介が駅まで送ってくれる。

「駿、気をつけてな」

「ああ。陽介、店頼む」

「任せとけって!」

電車がホームを離れる。車窓の外で陽介で手を振り見送った。

電車がホームを離れる。車窓の外で風景が流れていく。

俺は窓際の席に腰を下ろし、膝の上に置いたリュックを軽く抱える。車内は静かで、時折ガタンという音だけが響く。

「……故郷、か」

小さく呟く。父さんの顔が浮かぶ。

窓の外、海がちらりと見える。夕陽に光る水面。昔、四人でよく泳ぎに行った思い出が蘇る。

父さんに会ったら、何て言おう。

「……ただいま、かな」

電車はカーブを曲がり、故郷の松葉市が近づく。駅の看板が見えてきた。

俺はリュックを抱え直し、深呼吸した。久しぶりの故郷に内心ウキウキだった。

故郷に着くまでの間、ゆっくりと目を閉じ眠った。