RECORD

Eno.1461 篠崎 駿の記録

追憶①-Dread of Other side-

事故から数ヶ月が経っていた。あの日以来、俺の心はまるで空洞のように虚ろで、どこか現実感が薄れたままだった。

彼女の笑顔、声、温もり──すべてがまだそこにあるような気がして、彼女が死んだなんてどうしても信じられなかった。信じたくなかった。毎朝、目が覚めるたびに、彼女が隣で笑っている夢を見て、目を開けると冷たい現実に引き戻される。

そんな繰り返しが、俺の心を少しずつ蝕んでいた。

部屋の中は薄暗く、散らかったままの生活感が漂っている。カーテンは半分閉まったままで、外の光がわずかに差し込むだけだ。

テーブルの上には食べかけのコンビニ弁当や空のペットボトルが転がっていて、俺の無気力さを物語っていた。

そんなある日、突然インターホンが鳴り響いた。

最初は無視していた。動く気力すらなかったからだ。でも、執拗に鳴り続けるベルに、さすがにイラつきが募り、渋々玄関の扉を開けた。

「よっ、駿! 大丈夫か? 見舞いに来たぜ!」

そこに立っていたのは、御剣陽介──地元のショッピングモール『ヨウコウ』の店長の息子で、俺の幼なじみであり、親友だ。

陽介はいつも通り、明るい笑顔を浮かべていたが、その目にはどこか心配そうな色が滲んでいた。少しやつれた俺の姿を見て、陽介の眉がわずかに動いたのがわかった。

「ちょっと、辛い事あったって聞いたからな」

陽介は少し言葉に詰まりながら、慎重に話を切り出した。

「優ちゃんのこと、聞いたぜ…。そりゃ、学校来れねぇわな…」

その言葉に、胸の奥がずきりと疼いた。陽介は少し寂しそうに目を伏せ、気まずそうに頭をかいた。

陽介と優はそこまで親しいわけではなかったが、俺たち四人でよくつるんでいたから、陽介にとっても彼女の死は他人事じゃなかったんだろう。

「ところでさ、駿、お前、ちゃんと飯食ってるか?」

陽介が心配そうに尋ねてきた。俺は少し目を逸らし、ぼそっと答えた。

「いや、あんまり…食べる気、湧かねぇんだ…」

陽介は「やっぱりな!」と、どこか誇らしげに笑った。

「でもさ、こういう時こそちゃんと食わなきゃダメだぞ。ほら、親父に無理言って、飯持ってきたから、一緒に食おうぜ!」

そう言うと、陽介は持ってきた大きなビニール袋をガサゴソと開け、中から大量の食品や飲み物をドカドカと取り出した。

唐揚げ、ポテトサラダ、カニカマ、焼きそば、おにぎり――地元のスーパーの惣菜コーナーから持ってきたらしい、色とりどりのパックがテーブルに並んだ。

「…こんなに食えるかよ」

俺が呆れたように言うと、陽介はニヤリと笑った。

「気にすんなって! 相棒が困ってんのに、放っておけるわけねぇだろ!」

陽介はそう言って、勝手に俺の家に上がり込んだ。少し強引なくらいのその態度が、逆にありがたかった。陽介はいつもこうだ。

どんな時でも、無理やりにでも明るさを持ち込んで、俺を引っ張ってくれる。

「惣菜ばっかだけど、悪く思うなよ。ほら、どれから食う?」

陽介はテーブルに並べた惣菜を指差しながら、まるで自分の家のようにくつろいでいた。俺は小さく笑い、渋々ながらも唐揚げのパックを開けた。

「よしっ、じゃあ、いただきますか!」

陽介はわざと大げさに声を張り上げ、落ち込んでいる俺を元気づけようと明るく振る舞った。その明るさに釣られるように、俺も少し笑顔になった。

何日かぶりに口にした唐揚げは、油っぽいのにどこか懐かしい味がして、妙に美味かった。冷蔵庫に残っていたお茶を飲みながら、二人で少しずつ食事を進めながら、他愛もない話をした。

食事を続けていると、陽介がふと思い出したように口を開いた。

「そういや、駿、お前の親父さんって刑事なんだよな? だったら最近、なんか大変なんじゃないか?」

父さんの話題に、俺は少し眉をひそめた。そういえば、最近父さんはほとんど家に帰ってきていない。深夜に帰宅して、朝早くに出ていく生活が続いていた。

忙しいのはいつものことだが、今回は何かいつもと違う気がしていた。

「最近、大変って…何かあったのか?」

俺がそう尋ねると、陽介は目を丸くして驚いたように言った。

「えぇ!? お前、知らねぇの!? 最近、ニュースでめっちゃ話題になってんだぞ!」

陽介はそう言うと、リモコンを手に取り、テレビをつけた。ちょうど夕方のニュース番組が流れていて、画面には見慣れた松葉市の風景が映し出されていた。

「松葉市で発生している連続失踪事件ですが、未だ解決の糸口は見えていません。警視庁によりますと、事件性が高いとみて捜査を進めていますが、依然として有力な手がかりは得られていない模様です」

キャスターの落ち着いた声が、緊迫した内容を淡々と伝えていた。画面には、松葉市の閑静な住宅街や、夜の街角の映像が流れ、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。

最近、若者を中心に失踪事件が相次いでいるらしい。被害者の数はすでに数名に及び、警察も手を焼いているという。

「あぁ、やっぱりやってる…最近、ほんと物騒だよな…やっぱ、あの噂が関係してんのかな、これ…」

陽介が意味深につぶやくと、俺は思わず聞き返した。

「なあ、陽介、その『噂』って何だよ?」

陽介はニヤリと笑い、俺の好奇心を煽るようにわざとゆっくりと言った。

「なになに? やっぱり気になる? へへっ、駿もそういう話、嫌いじゃないよな?」

「気になるから早く言えって!」

俺が少しイラつきながら言うと、陽介は手を振って笑った。

「わかった、わかったよ! いいか、噂ってのはな──」

その瞬間、陽介の携帯からけたたましい着信音が鳴り響いた。

「だぁぁ! 誰だよ、こんな時に!」

陽介は少し怒ったように電話を取り出し、画面を見て少し驚いた顔をした。

「もしもし! って、雪じゃん、どうした?」

電話の相手は、俺たちのもう一人の幼なじみ、高橋雪だった。陽介は相槌を打ちながら、雪の話を聞いている。雪の声は電話越しでも少し慌てているように聞こえた。

「はぁ? 今からこっちに来る!? ちょっと待ってろ、駿に聞くから」

陽介はそう言うと、俺の方を振り返った。

「雪が今からこっちに来たいって言ってるんだけど、いいか?」

俺は少し考えてから答えた。

「いいよ。別に、人が多い方が少し気が楽になるかもしれないし」

「よし、じゃあ雪も呼ぶわ!」

陽介はそう言うと、電話越しに雪に来てもいいと伝え、すぐに通話を終えた。

「しかし、雪の奴、大丈夫かな。あいつも優ちゃんと結構仲良かっただろ? 正直、雪もお前と同じくらい落ち込んでるんじゃないかと思うぜ…」

陽介の言葉に、俺は少し胸が締め付けられる思いだった。雪と優は、同じ部活でよく一緒に笑い合っていた。雪にとっても、優の死は大きなショックだったはずだ。

しばらくすると、インターホンが再び鳴った。

「おっ、雪の奴、めっちゃ早えな!」

陽介は立ち上がり、玄関に向かった。俺もついていくことにした。扉を開けると、そこには息を切らしながら立つ雪がいた。額には汗が滲み、頬は少し赤くなっていた。どうやら走ってきたらしい。

「お前、走ってきたのかよ!?」

陽介が驚いたように言うと、雪は少しムッとした顔で答えた。

「いいじゃん、別に! ちょっと急いで来たかっただけだし!」

雪はそう言うと、俺の方を向いて、持っていたビニール袋を差し出した。

「駿君、これ、お父さんから。『あんまり元気ないだろうから、食べて元気出しな』って」

袋の中を覗くと、大量の食べ物が入っていた。サンドイッチ、フルーツ、ケーキまで──まるでピクニックに行くような量だ。陽介がそれを見て、目を丸くした。

「げっ! お前も飯持ってきたのかよ!? 俺ら、さっき食べてたところなんだけど!」

「えっ!? マジ!?」

雪が驚いたように言うと、陽介は笑いながら肩をすくめた。雪が寒そうに震えているのに気づき、俺は二人を急いで部屋に招き入れた。

三人で部屋に戻り、テーブルには陽介と雪が持ち寄った大量の食べ物が並んだ。まるで小さなパーティーのようだった。雪は部屋を見回し、感心したように言った。

「やっぱり広いよね、駿君の家。しかも、こんなデカいテレビまで自分用にあるなんて、めっちゃ贅沢じゃん! 私の部屋のテレビ、昔のやつでガタガタなんだよね~」

雪の言葉に、陽介がすかさず反応した。

「じゃあ、今度、俺んちの店で新しいの買っていけよ! 今、セールで安くなってんだから!」

「そっか、じゃあ今度行ってみようかな。ちょうどバイト代貯まってきたところだし」

陽介は目を輝かせて言った。

「よっしゃ! じゃあ、絶対来いよ! 俺、今月、家電売り場でバイトしてんだ!」

雪は陽介のテンションに少し呆れたように笑いながら言った。

「ははーん、さては売り上げノルマでもあんの?」

陽介はバツが悪そうに頭をかきながら白状した。

「そーだよ! あとちょっとで原付買えるんだ! 頼むよ、雪、買ってくれ!」

「はいはい、わかった、わかったから!」

雪は半ば呆れながらも、陽介の勢いに押されて笑っていた。陽介は「ありがとう、高橋さん!」と大げさに頭を下げ、場が一気に和んだ。

そんな軽いやり取りの後、雪がふと思い出したように口を開いた。

「にしても…最近、ほんと物騒だよね。例の連続失踪事件…」

その言葉に、陽介がピクリと反応した。

「あ、そういや、さっきの『噂』の話、途中で終わってたな!」

陽介は急に立ち上がり、部屋の電気を消すと、持っていた懐中電灯で自分の顔を下から照らした。まるで怪談話でも始めるような雰囲気を作り上げて、ニヤリと笑った。

「実はさ、最近、こんな噂が流れてんだ。水鏡神社の境内に、特別な鏡があるって話。その鏡の前で、自分の携帯電話から自分の番号に電話をかけるとよ…ここじゃない、別の世界に連れて行かれるんだって」

水鏡神社──それは俺たちにとって特別な場所だ。松葉市でも有名な古い神社で、境内には小さな遊び場があり、子供の頃はよくそこで遊んだ。優も一緒だった。あの頃の笑い声や、夕暮れの神社の木々のざわめきが、ふと脳裏に蘇った。

「水鏡神社って…あの水鏡神社? あそこなんか、めっちゃ普通の場所じゃん。あそこにそんなオカルトな噂、似合わなくない?」

雪が少し不思議そうに言うと、陽介は真剣な目で答えた。

「あぁ、そうだよ。俺たちの思い出の場所に、こんな気味悪い噂が立つなんて、許せねぇよ」

陽介の声には、どこか本気の怒りが混じっていた。陽介は水鏡神社の神主である老夫婦に子供の頃から可愛がられていたから、なおさらその噂が気に入らないのだろう。

「それでよ。今からその噂、試しに行ってみねぇ?」

陽介は急に立ち上がり、俺と雪を真剣な目で見つめた。雪は目を丸くして叫んだ。

「えぇ!? マジでやんの!? ほんとに!?」

陽介はニヤリと笑い、雪を挑発するように言った。

「なんだよ、雪、怖いのか? じゃあ、一人でここで留守番してろよ」

雪はムッとしながら、頬を膨らませて反論した。

「や、やっぱり私も行く! 一人で留守番なんて、絶対怖いし!」

陽介は満足そうに笑い、俺の方を振り返った。

「決まりだな。駿はどうする? 一緒に来るか?」

俺は一瞬迷ったが、どこかで外の空気を吸いたいという気持ちが湧いていた。部屋に閉じこもっているだけじゃ、何も変わらない気がした。

「もちろん行くさ。久しぶりに外に出たい気分だったし」

「よしっ! じゃあ、早速行きますか!」

陽介が勢いよく立ち上がると、雪が少し慌てたように言った。

「ねぇ、念のために、彰も呼ばない? なんかあっても頼りになりそうだし」

葉隠彰──松葉市で知らない者はいないと言われる、若き名探偵だ。雪とは特に仲が良く、よく一緒にいる姿を見かけた。

「彰って…あの名探偵君を呼ぶのかよ?」

陽介が少し疑わしそうに言うと、雪は頬を膨らませて反論した。

「来るって! だって、私と彰は親友なんだから!」

雪はそう言うと、早速彰に電話をかけた。

「もしもし、彰! 今日、予定空いてる?」

電話の向こうから、彰の少し眠そうな声が聞こえてきた。

「え? まぁ、空いてるけど…何か用?」

雪は小さくガッツポーズをして、テンション高めに続けた。

「突然で悪いんだけど、今から水鏡神社に行っててくれない? そこで合流するから!」

「別にいいけど…近いし、それじゃ、先に待ってるね」

「えへへ、ありがと! じゃあ、私たちもすぐ行くから!」

雪は笑顔で電話を切り、俺たちに報告した。

「彰、来れるって! 良かったよ~!」

陽介は荷物をまとめ終えると、勢いよく立ち上がった。

「よーし! 名探偵も仲間に加わったことだし、早速行きますか!」

そう言うと、俺たちは家を出た。外は静かに雪が降り始めていた。白い雪が街を柔らかく包み込み、どこか幻想的な雰囲気を漂わせていた。シャッターが下りたままの商店街、古びたコンクリートの壁、雪だるまを作る子供たちの笑い声──いつもと変わらない松葉市の風景が、雪の白さに彩られていた。

俺たちはそんな街を歩きながら、水鏡神社へと向かった。胸の奥に、微かな期待と不安が混じり合っていた。この噂が本当なら、俺たちは何を見つけるのだろう。そして、優のいないこの世界で、俺は何を求めているのだろうか。