RECORD
Eno.614 百鬼 依緒の記録
「お姉ちゃん、スマホ借りるね」
先日二人で買った太陽と月のストラップがついた、黒いスマホを手に取る。舞は自分のスマホを持っていないので、舞のぶんも依緒の端末につけているのだ。
リビングの光は柔らかく、午後の空気が静かに流れている。舞はソファに腰を下ろして、いつものように画面を開く――その瞬間、顔を強張らせて小さな声を漏らした。
「い、依緒お姉ちゃん!」
驚きと、少々の照れの混ざった声で依緒に視線を向ける。
依緒はその様子を見て、わかっていると言わんばかりに口端を吊り上げる。意地の悪い、でも愛おしさを含んだ笑みだ。
「なぁに、舞?」
舞はスマホの画面を差し出した。映っているのは、先日赤レンガの通りで撮った二人の自撮り。依緒が壁紙にしていたその写真の中で、ふたりは光に溶けるように笑っている。
「ふふ、壁紙にしたの。嫌だった…?」
依緒の声は可憐だが大人の魅力を含んでいた。「大学の友達に見せたら『かわいいね』って言われてさ。もちろん舞のことなんだけどね。」
「べ、べつにいいけど…」
壁紙にされるのは問題ない。次に出たのは小さな驚きの声。
「って、ええ?!」
舞の胸がきゅっとなる。恥ずかしさが熱を帯びて、言葉が詰まる。
依緒が身を乗り出して、舞の頬をからかうように見つめた。彼女の瞳には本当にそう思っているという柔らかさがあった。
「その、恥ずかしがってる顔も可愛い。写真に撮りたいくらい。」
紅い言葉が舞を包む。薔薇の棘に刺されたような甘美な痛みを感じて、頬を押さえたくなる。
「…スマホ見るたびに、舞の顔が見られて幸せなの。だから、このままにさせてくれる?」
「むぅ…」
少し不満げに唇を尖らせる舞。依緒の甘い声に惑わされそうだ。
「仕方ないなぁ…」
最後には負けた。二人は言葉少なに笑って、その場の時間が伸びるのを許した。
依緒が小さく息をついて、ふと遠くを見やるように声を落とすと、その声はふたりの間の空気をひとつの影で覆った。
「…こんな時間が、ずっと続けばいいのに」
依緒の言葉に温度が残る。舞はその言葉を受け止めながらも、依緒の目に浮かぶ影を見逃さなかった。依緒の笑顔の裏に、不安がちらりと揺れる。
「依緒は大学卒業したら、出ていっちゃうんだよね…?」
舞の声は小さく、言い淀む。言葉の端は「行かないで」と囁くように震えていた。
依緒は少し身を寄せ、軽く笑って曖昧に返す。
「どうしよっかな〜。卒業しても、しばらくここにいるかもね」
その言い方はふわりとかわされるが、目の奥にある確固たる意思があるのが舞には伝わった。
舞は顔を上げられず、手の中のスマホをぎゅっと握る。太陽と月の小さなガラスが指先に冷たく触れる。
「お姉ちゃん…これからも、ずっとそばにいてね」
かすれ声の言葉は、けれど真っ直ぐに依緒の心へ向かった。
依緒はその願いを受け取って、舞の頭にそっと手を置いた。ずっと側にいられる保障はないから、「お姉ちゃんもずっといっしょにいたい」なんて舞を安心させる言葉は紡げない。
それでも月が太陽に触れる瞬間、お互いの小さな光が交わるような気がして、不安が少し和らいだ。
日常記録②ずっとそばにいて
「お姉ちゃん、スマホ借りるね」
先日二人で買った太陽と月のストラップがついた、黒いスマホを手に取る。舞は自分のスマホを持っていないので、舞のぶんも依緒の端末につけているのだ。
リビングの光は柔らかく、午後の空気が静かに流れている。舞はソファに腰を下ろして、いつものように画面を開く――その瞬間、顔を強張らせて小さな声を漏らした。
「い、依緒お姉ちゃん!」
驚きと、少々の照れの混ざった声で依緒に視線を向ける。
依緒はその様子を見て、わかっていると言わんばかりに口端を吊り上げる。意地の悪い、でも愛おしさを含んだ笑みだ。
「なぁに、舞?」
舞はスマホの画面を差し出した。映っているのは、先日赤レンガの通りで撮った二人の自撮り。依緒が壁紙にしていたその写真の中で、ふたりは光に溶けるように笑っている。
「ふふ、壁紙にしたの。嫌だった…?」
依緒の声は可憐だが大人の魅力を含んでいた。「大学の友達に見せたら『かわいいね』って言われてさ。もちろん舞のことなんだけどね。」
「べ、べつにいいけど…」
壁紙にされるのは問題ない。次に出たのは小さな驚きの声。
「って、ええ?!」
舞の胸がきゅっとなる。恥ずかしさが熱を帯びて、言葉が詰まる。
依緒が身を乗り出して、舞の頬をからかうように見つめた。彼女の瞳には本当にそう思っているという柔らかさがあった。
「その、恥ずかしがってる顔も可愛い。写真に撮りたいくらい。」
紅い言葉が舞を包む。薔薇の棘に刺されたような甘美な痛みを感じて、頬を押さえたくなる。
「…スマホ見るたびに、舞の顔が見られて幸せなの。だから、このままにさせてくれる?」
「むぅ…」
少し不満げに唇を尖らせる舞。依緒の甘い声に惑わされそうだ。
「仕方ないなぁ…」
最後には負けた。二人は言葉少なに笑って、その場の時間が伸びるのを許した。
依緒が小さく息をついて、ふと遠くを見やるように声を落とすと、その声はふたりの間の空気をひとつの影で覆った。
「…こんな時間が、ずっと続けばいいのに」
依緒の言葉に温度が残る。舞はその言葉を受け止めながらも、依緒の目に浮かぶ影を見逃さなかった。依緒の笑顔の裏に、不安がちらりと揺れる。
「依緒は大学卒業したら、出ていっちゃうんだよね…?」
舞の声は小さく、言い淀む。言葉の端は「行かないで」と囁くように震えていた。
依緒は少し身を寄せ、軽く笑って曖昧に返す。
「どうしよっかな〜。卒業しても、しばらくここにいるかもね」
その言い方はふわりとかわされるが、目の奥にある確固たる意思があるのが舞には伝わった。
舞は顔を上げられず、手の中のスマホをぎゅっと握る。太陽と月の小さなガラスが指先に冷たく触れる。
「お姉ちゃん…これからも、ずっとそばにいてね」
かすれ声の言葉は、けれど真っ直ぐに依緒の心へ向かった。
依緒はその願いを受け取って、舞の頭にそっと手を置いた。ずっと側にいられる保障はないから、「お姉ちゃんもずっといっしょにいたい」なんて舞を安心させる言葉は紡げない。
それでも月が太陽に触れる瞬間、お互いの小さな光が交わるような気がして、不安が少し和らいだ。