RECORD
Eno.1461 篠崎 駿の記録
Detective
リュックを肩にかけ、駅前の通りを歩き出す。秋の陽光が柔らかく差し込み、街路樹の葉は鮮やかに赤く染まり、風に舞う落ち葉がアスファルトの道を優しく埋め尽くす。
足元でカサカサと音が立ち、懐かしい故郷の匂いが鼻をくすぐる。遠くから聞こえる電車の汽笛が、帰省の余韻を残す。
散策の途中、遊歩道へ向かう。まずは腹ごしらえだ。篠宮のカツ丼屋に行こう。
あの店は、昔から変わらない味で、腹が減った体を満たしてくれるはずだ。
駅から五分ほど歩いたところで、向こうから紺色の髪が目に入る。
スーツ姿で、ネクタイを緩めながら歩いてくる懐かしい顔に、笑みが浮かぶ。
「おーい、彰!」
俺が声をかけると、彰が足を止めた。目を丸くして、瞬きを繰り返す。
「……駿? いつ帰ってきてたの?」
「昨日だよ。陽介に無理やり休めって言われてさ。息抜きが必要だって」
彰が近づいてきて、肩を叩く。昔みたいに、力強い握りで、骨が軋むほど。懐かしさが胸に広がる。
「お腹減ったろ? 篠宮のカツ丼屋行くところだったんだ。一緒に行こうよ」
彰が提案する。懐かしい店名だ。昔、四人で通った定食屋。笑い声が響き、汗と油の匂いが混じった、あの場所。
「ああ、俺もちょうど行こうと思ってたよ。運がいいな」
木の引き戸を開けると、揚げ油の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、胃袋を刺激する。
カウンターだけの小さな店内は、木の温もりが感じられ、壁に貼られた古いメニューが懐かしさを増す。奥の席に座る。カウンターの向こうで、鍋の音が響く。
「おう、彰! 久しぶりだな。相変わらず忙しそうだ」
店主の爺さんが笑う。皺の深い顔に、歯が欠けた笑みが浮かぶ。
彰は常連らしい。俺の顔を見て、爺さんが目を細める。
「いつものやつ、お願いします」
彰が注文し俺も続いて注文する。
カツ丼が運ばれる。黄金色の卵がとろりとかかり、湯気が立ち上る。
キャベツの千切りが新鮮に添えられ、タルタルソースの匂いが混じる。
俺の普通盛りはボリュームたっぷりで、丼が重い。彰のレディースは、ちょっと小さめで、女性向けの優しいサイズ。
「いただきます」
箸を割る音が響く。カツの衣がサクッと音を立て、甘辛いタレが口に広がり、旨味が舌を包む。熱いご飯が喉を通り、満足感が体を満たす。
「どうなんだ…その…探偵業の方は? 忙しそうだな」
俺が彰にそう聞くと、彰は箸を止めて頷きながら答えた。カツを一口かじり、満足げに目を細める。
「今は警察と協力して事件追ってるよ。連続窃盗が多くてさ…事務所に戻るの一苦労だからよく雪の家に泊めてもらってるよ」
彰の声に、照れが混じる。雪ちゃんらしい。昔から、みんなの面倒見がいい。優しくて、強い。あの笑顔が、彰の疲れを癒しているんだろう。
「で、そっちはどうなんだい? 最近、なんかいい事あった?」
俺は深呼吸して、答えた。胸が少し熱くなる。
「いい事と言えばさ…実は俺…雪ちゃんと付き合うことになったんだ」
彰がぴたりと止まる。箸が丼に落ちそうになり、目を丸くして、俺を見る。店内の空気が一瞬、静まる。
「本当…? 雪が? 君と?」
驚きの声が、店内に響く。爺さんがチラッとこっちを見て、ニヤリと笑う。
彰の顔が、耳まで赤くなる。照れ隠しに、カツを急いで口に運ぶ。
「雪から言ったの…? まさか、あの子から?」
「あぁ。雪ちゃんか告白されたよ…岬ヶ丘で」
「まあ、君と雪ならお似合いだよ…君はあの子のことしっかり守ってあげれそうだし」
カツ丼を平らげる。丼が空になり、満足の溜息。会計を済ませ、店を出る。外の風が、熱くなった体を冷ます。
「ここで会えたのもなにかの縁だし神社行こうよ。おみくじ引いて、運試し」
彰が言う。水鏡神社は、湖畔の遊歩道の先にある。落ち葉の道を、並んで歩く。
石段を上る。足音が響き、息が少し上がる。鳥居をくぐると、落ち葉が境内を埋め尽くす。
木々がざわめき、神聖な空気が肌を撫でる。
拝殿の前で手を合わせる。心の中で、優に祈る。
おみくじ箱の前。百円を入れて、棒を振る。シャカシャカと音が響く。
俺が引いたのは「中吉」。彰は「小吉」。紙を広げ、声に出して読む。
「『恋愛:思いが通じる』だって」
俺が読む。彰が覗き込み、肩を寄せる。
「僕のは『仕事:地道に』か。まあ、探偵業にぴったりだしいいか」
境内のベンチに座る。水面がキラキラと光り、鴨が泳ぐ姿が穏やか。風が葉を揺らす。
「もう少し、思い出の地、巡ろうか。もう少し、昔の僕たちを振り返ろう」
彰が立ち上がる。俺も頷く。心が軽くなる。
まずは、公園、昔四人で遊んだ砂場があった場所を彰が指差す。砂が残る地面に、懐かしい記憶。
「ここで、雪が僕のシャベル取って逃げて喧嘩になって、君が仲裁してたよね。『喧嘩しちゃダメ』ってさ」
「陽介が笑って転がってたっけ。腹抱えて、砂まみれになってたよな」
次は、自転車で飛ばした道。街路樹の下を、並んで歩く。風が冷たく、頰を刺す。
落ち葉が足元で舞う。
「この坂、雪が先頭でさ。僕が文句言いながら、追いかけたよね」
彰が笑い、俺も笑う。昔の声が、耳に蘇る。無邪気な叫び声が、風に乗って。
最後に、岬ヶ丘の頂上。ベンチに座る。街並みが眼下に広がり、夕陽が、山を茜色に染める。空がオレンジに溶け、影が長く伸びる。
「今日は久しぶりに息が抜けた。ありがとう楽しかったよ」
彰が言う。俺は頷く。胸が温かくなる。
「そうだ、連絡先、交換しようよ」
スマホを取り出す。ピッと音がする。彰の名前が登録される。画面に、懐かしい顔写真。
「久しぶりに会えて、楽しかったよ。昔に戻ったみたいだ」
俺が言う。彰が頷く。目が少し潤む。
「僕もだ。雪のこと、よろしくな。幸せにしろよ、駿」
彰が立ち上がり俺も立つ。風が吹き抜ける。髪が乱れ、落ち葉が舞う。
別れの時、彰が振り返る。夕陽が背中を照らす。
「雪に伝えといて。僕、探偵業頑張るから。みんなを守るよ」
俺は笑って、手を上げる。大きく、振る。
松葉市の空は、高く青い。潮の香りが、俺たちを包む。雪ちゃんの笑顔が、胸に浮かぶ。彰の背中が、遠ざかる。ゆっくりと、道の向こうへ。
これからも、きっと。絆は、続いていく。
足元でカサカサと音が立ち、懐かしい故郷の匂いが鼻をくすぐる。遠くから聞こえる電車の汽笛が、帰省の余韻を残す。
散策の途中、遊歩道へ向かう。まずは腹ごしらえだ。篠宮のカツ丼屋に行こう。
あの店は、昔から変わらない味で、腹が減った体を満たしてくれるはずだ。
駅から五分ほど歩いたところで、向こうから紺色の髪が目に入る。
スーツ姿で、ネクタイを緩めながら歩いてくる懐かしい顔に、笑みが浮かぶ。
「おーい、彰!」
俺が声をかけると、彰が足を止めた。目を丸くして、瞬きを繰り返す。
「……駿? いつ帰ってきてたの?」
「昨日だよ。陽介に無理やり休めって言われてさ。息抜きが必要だって」
彰が近づいてきて、肩を叩く。昔みたいに、力強い握りで、骨が軋むほど。懐かしさが胸に広がる。
「お腹減ったろ? 篠宮のカツ丼屋行くところだったんだ。一緒に行こうよ」
彰が提案する。懐かしい店名だ。昔、四人で通った定食屋。笑い声が響き、汗と油の匂いが混じった、あの場所。
「ああ、俺もちょうど行こうと思ってたよ。運がいいな」
木の引き戸を開けると、揚げ油の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、胃袋を刺激する。
カウンターだけの小さな店内は、木の温もりが感じられ、壁に貼られた古いメニューが懐かしさを増す。奥の席に座る。カウンターの向こうで、鍋の音が響く。
「おう、彰! 久しぶりだな。相変わらず忙しそうだ」
店主の爺さんが笑う。皺の深い顔に、歯が欠けた笑みが浮かぶ。
彰は常連らしい。俺の顔を見て、爺さんが目を細める。
「いつものやつ、お願いします」
彰が注文し俺も続いて注文する。
カツ丼が運ばれる。黄金色の卵がとろりとかかり、湯気が立ち上る。
キャベツの千切りが新鮮に添えられ、タルタルソースの匂いが混じる。
俺の普通盛りはボリュームたっぷりで、丼が重い。彰のレディースは、ちょっと小さめで、女性向けの優しいサイズ。
「いただきます」
箸を割る音が響く。カツの衣がサクッと音を立て、甘辛いタレが口に広がり、旨味が舌を包む。熱いご飯が喉を通り、満足感が体を満たす。
「どうなんだ…その…探偵業の方は? 忙しそうだな」
俺が彰にそう聞くと、彰は箸を止めて頷きながら答えた。カツを一口かじり、満足げに目を細める。
「今は警察と協力して事件追ってるよ。連続窃盗が多くてさ…事務所に戻るの一苦労だからよく雪の家に泊めてもらってるよ」
彰の声に、照れが混じる。雪ちゃんらしい。昔から、みんなの面倒見がいい。優しくて、強い。あの笑顔が、彰の疲れを癒しているんだろう。
「で、そっちはどうなんだい? 最近、なんかいい事あった?」
俺は深呼吸して、答えた。胸が少し熱くなる。
「いい事と言えばさ…実は俺…雪ちゃんと付き合うことになったんだ」
彰がぴたりと止まる。箸が丼に落ちそうになり、目を丸くして、俺を見る。店内の空気が一瞬、静まる。
「本当…? 雪が? 君と?」
驚きの声が、店内に響く。爺さんがチラッとこっちを見て、ニヤリと笑う。
彰の顔が、耳まで赤くなる。照れ隠しに、カツを急いで口に運ぶ。
「雪から言ったの…? まさか、あの子から?」
「あぁ。雪ちゃんか告白されたよ…岬ヶ丘で」
「まあ、君と雪ならお似合いだよ…君はあの子のことしっかり守ってあげれそうだし」
カツ丼を平らげる。丼が空になり、満足の溜息。会計を済ませ、店を出る。外の風が、熱くなった体を冷ます。
「ここで会えたのもなにかの縁だし神社行こうよ。おみくじ引いて、運試し」
彰が言う。水鏡神社は、湖畔の遊歩道の先にある。落ち葉の道を、並んで歩く。
石段を上る。足音が響き、息が少し上がる。鳥居をくぐると、落ち葉が境内を埋め尽くす。
木々がざわめき、神聖な空気が肌を撫でる。
拝殿の前で手を合わせる。心の中で、優に祈る。
おみくじ箱の前。百円を入れて、棒を振る。シャカシャカと音が響く。
俺が引いたのは「中吉」。彰は「小吉」。紙を広げ、声に出して読む。
「『恋愛:思いが通じる』だって」
俺が読む。彰が覗き込み、肩を寄せる。
「僕のは『仕事:地道に』か。まあ、探偵業にぴったりだしいいか」
境内のベンチに座る。水面がキラキラと光り、鴨が泳ぐ姿が穏やか。風が葉を揺らす。
「もう少し、思い出の地、巡ろうか。もう少し、昔の僕たちを振り返ろう」
彰が立ち上がる。俺も頷く。心が軽くなる。
まずは、公園、昔四人で遊んだ砂場があった場所を彰が指差す。砂が残る地面に、懐かしい記憶。
「ここで、雪が僕のシャベル取って逃げて喧嘩になって、君が仲裁してたよね。『喧嘩しちゃダメ』ってさ」
「陽介が笑って転がってたっけ。腹抱えて、砂まみれになってたよな」
次は、自転車で飛ばした道。街路樹の下を、並んで歩く。風が冷たく、頰を刺す。
落ち葉が足元で舞う。
「この坂、雪が先頭でさ。僕が文句言いながら、追いかけたよね」
彰が笑い、俺も笑う。昔の声が、耳に蘇る。無邪気な叫び声が、風に乗って。
最後に、岬ヶ丘の頂上。ベンチに座る。街並みが眼下に広がり、夕陽が、山を茜色に染める。空がオレンジに溶け、影が長く伸びる。
「今日は久しぶりに息が抜けた。ありがとう楽しかったよ」
彰が言う。俺は頷く。胸が温かくなる。
「そうだ、連絡先、交換しようよ」
スマホを取り出す。ピッと音がする。彰の名前が登録される。画面に、懐かしい顔写真。
「久しぶりに会えて、楽しかったよ。昔に戻ったみたいだ」
俺が言う。彰が頷く。目が少し潤む。
「僕もだ。雪のこと、よろしくな。幸せにしろよ、駿」
彰が立ち上がり俺も立つ。風が吹き抜ける。髪が乱れ、落ち葉が舞う。
別れの時、彰が振り返る。夕陽が背中を照らす。
「雪に伝えといて。僕、探偵業頑張るから。みんなを守るよ」
俺は笑って、手を上げる。大きく、振る。
松葉市の空は、高く青い。潮の香りが、俺たちを包む。雪ちゃんの笑顔が、胸に浮かぶ。彰の背中が、遠ざかる。ゆっくりと、道の向こうへ。
これからも、きっと。絆は、続いていく。