RECORD

Eno.1461 篠崎 駿の記録

Merciful

告白から何日か経ったある日。松葉市の空は鉛色に覆われ、十一月の風が墓地の石段を這い上がる。俺は一人、優の墓参りに来た。

「優…また、来たよ…」

花束を抱え、線香を焚き、墓石に手を合わせる。

言葉が喉に絡まる。墓石は冷たく、沈黙だけが返事だ。事件の記憶が、風に混じって蘇る。あの夜のことがつい昨日の様に思い出せる。

ふと、背後で足音。竹刀の袋が擦れる音。振り返ると、少年が立っていた。

優の弟の如月 真二だった。

中学二年生くらいか。道着の上にコートを羽織り、竹刀袋を肩に。

墓参りに剣道の帰り道か。顔は優に似て、目元が鋭い。

「……篠崎さん」

真二が小さく呟く。俺は立ち上がり、軽く頭を下げる。

「真二君か。久しぶりだね。一人で?」

「はい、父さんと母さんは仕事で……俺、道場の帰りに寄ったんです」

真二は竹刀袋を地面に置き、花を供える。線香に火を点け、手を合わせる。俺も並んで座る。

墓地の風が、枯葉を巻き上げる。遠くでカラスが鳴く。

沈黙が続く。真二が、ぽつりと口を開く。

「なんつーか…その…姉ちゃんと……仲良くしてくれて、ありがとう」

俺は驚いて顔を上げる。真二は墓石を見つめ、声が低く震える。

「姉ちゃん、篠崎さんのこと好きだったよ。いつも話してた。『駿君は優しい』って。高橋さんとも、楽しそうに……だから、篠崎さんが幸せなら、姉ちゃんも喜ぶと思う」

胸が締め付けられる。優の笑顔が、脳裏に浮かぶ。俺は喉を鳴らし、言葉を探す。

「俺こそ……優に、ありがとうって言いたいよ、そういえば、真二君、学校とか、道場の方はどう?」

真二の肩がわずれに震える。竹刀袋を握る手が、白くなる。風が強くなり、墓地の木々がざわめく。

「……はっきり言って、最悪ですよ…」

吐露が始まる。真二の声は、最初は抑えていたが、徐々に熱を帯びる。

「もう四年も前なのにみんな俺の事を腫れ物に触るみたいに接してくるんです『真二、大丈夫か?』って、練習中も気遣いばっか。俺が来るたび、目を逸らして」

真二は地面の小石を拾い、握りしめる。指が震える。

「部活も同じ。事件の後、みんな優等生ぶって寄ってくる『何かあったら言えよ』って。でも、本当は違う『事故の被害者の遺族』って立場が、珍しいんですよ。みんなで『犯人が捕まった時、どう思った?』とか、聞きたがる…」

声が荒くなる。真二の目が赤く、涙が頰を伝う。俺は黙って聞く。墓石の前で、弟の心が剥き出しになる。

「楽しかったんだ。道場で汗流して、仲間と笑って。写真部でシャッター切って、被写体探して。でも今は……みんなの視線が刺さる。『可哀想な真二』ってラベルを貼られて、誰も前みたいに接してくれない。俺は前みたいに話したいだけなのに俺の気持ち、誰もわかってくれない」

真二は竹刀袋を叩く。音が墓地に響き、風が止む。

「姉ちゃんがいなくなって、みんな、俺を『被害者の遺族』としてしか見てないのがつらくて…」

言葉が途切れ、真二は膝を抱える。肩が震え、嗚咽が漏れる。俺はそっと手を置く。真二の体温が、冷たい。

「真二君…君は、強いよ。優だって、そう思うはずだ」

真二が顔を上げる。涙で歪んだ顔をしたまま。頷いた。

俺は黙って真二の肩を抱く。墓石が、静かに見守る中風が再び吹き、枯葉が舞う。

真二は鼻をすすり、袖で涙を拭う。少し落ち着いた様子で、ぽつりと続ける。

「でも…最近、少しだけ楽になったんです。満がいてくれて」

俺は眉を上げる。真二の目が、遠くを眺めるように柔らかくなる。

「満は道場でも写真部でも一緒で、姉ちゃんのことも知ってる。みんなが腫れ物扱いする中、満だけは普通に接してくれるんです。この前なんか、俺が落ち込んでるの見て、夜中に公園で剣道の素振り付き合ってくれたんですよ」

真二の頰に、弱いながらも本物の笑みが浮かぶ。嬉しそうに、声を弾ませる。

「相談できる相手がいるって、こんなに嬉しいんだなって…駿さんに言いたくて。満のおかげで、ちょっとだけ楽になりました」

胸が温かくなる。真二の言葉に、希望の欠片が見える。俺は頷き、優の墓石に目をやる。

立ち上がる時、真二が竹刀袋を肩にかけ、ふと振り返る。涙の跡が残る頰に、弱々しい笑み。

「あの篠崎さん……今度、どっか行きませんか?」

俺は瞬きする。真二は目を逸らし、照れ臭そうに続ける。

「道場も部活も、息が詰まるんです。姉ちゃんの話とか……」

風が頰を撫でる。墓地の空気が、少し軽くなる。

「いいよ。いつがいい?」

「水曜日……学校終わりに。駅前の『龍華』って中華屋、知ってます? 姉ちゃんが好きだった店。餃子が美味いんです」

真二の声に、懐かしさが滲む。俺は頷く。

「水曜ね、分かった。俺も行きたかった店だ。六時くらいでいいか?」

「はい…ありがとう、篠崎さん」

真二は竹刀袋を握り直し、墓地を下りる。背中が小さく、でも少し軽やか。俺は墓前に残り、優に囁く。

「優、真二君のこと……守ってやってくれ」

夕陽が墓地を赤く染め、俺は一人、帰路につく。少し肌寒い風がその瞬間だけは心地よく感じた