RECORD
Eno.232 月影誠の記録
11/16 ①
頼まれていた手伝いが終わって、後は数日だけ様子を見るために関西に残る。
予定通り、水曜日の朝には北摩へと戻ることになるだろう。
残り数日となった滞在日は地元の友人と遊んだり、パソコンで授業を受けたりして過ごす。
……その前に一つ、やっておきたいことがあった。

訪れたのは、もう戻るつもりのなかった自分の家。
鍵は変わっていないらしい。そらあそうか、と納得して玄関へと、2階へと進んでいく。
翼や他の友達と話して、一つ心残りができていた。
こっちへは戻らないつもりだった、と言いながら家の鍵を捨てられずにいたのだから説得力に欠けるなあ、と苦笑する。
会いに来たんじゃない。そう言い聞かせて、廊下を進む。
目的の部屋へとたどり着いて、扉を開く。
ぎい、と軋む音が静かな空間に響いた。

目に入ってきたのは、だだっ広い空間だった。
誰も住んでいない。『住んでいた』ではなく、『住んでいない』が正しい部屋だった。
……そこには。何もなかった。
ベッドも、机も、椅子も。
友達から貰った小さな置物も、修学旅行で買ったお土産も、熱を出したときに貰った手紙も。
俺がずっと大切にしてきたものの、あらゆるものが。
俺が確かにここに居たという、証拠が。
俺の部屋には、何も、残っていなかった。


戻ってこないのであれば、別に何も変なことではない。
うっすらと積もった埃は、そこにあったはずの痕跡を否定するようで。
まるで、雪のようだと思った。
足跡を覆い隠して、汚れも輝きも白く綺麗に塗り替える、白銀のようだと。
身を翻して、兄の居た部屋を覗いた。
埃一つなく、私物も整理整頓された状態が残されていた。
兄の部屋は、兄がいなくなってもなお掃除の手が行き届いている。
……これが目的ではない。
探していたものはなかったけれど、諦めはつかなかった。
もしかしたら、と。期待が捨てきれなくて、あの部屋の有様を否定したくて。
母の部屋を、父の部屋を、和室を、と順番に確認していく。
棚や引き出しなどには手を付けない。何にも触れない。
触れられない。ここにはもう、俺はいない。
最後にリビングに立ち入って……見つけた。



―― 一つだけ、取り戻したいと思ったものがあった。
いつか裏に身を投げるつもりでいたから、それは要らないと思っていた。
もう皆には迷惑をかけない、振り返らないと北摩へ踏み込んだから、それは持っていかなかった。
けれど、表に生きて人としての生を謳歌すると決めてから。
こちらの縁も大切にしたいと糸を手繰り寄せてから。
持って帰りたかった。確かな俺自身の証明を……卒業アルバムを。

家に帰ってきて、初めて物に触れた。
ぱらぱらと捲り、よく見知った不愛想な面をいくつも見つけた。
期待に応えられなかった差は明白だった。
出来損ないの自分は要らない。それでもしがみつこうとした時期はあった。
軽蔑も叱咤も期待があったからなんだ。
これが親から与えられる愛なんだ。
それに応えない道を選んだのだから、自分の責任だ。
応える道を選んでいれば。『俺』はちゃんと、ここに居たのだろうか。
……そんなことを考えていたものだから、『事が起きる』まで気が付かなかった。

ゴッッッ!!
唐突に鈍い音が頭から全身に響いて、また静かになった。
そこからのことは、伝聞でしか知らない。

けれど、女性の甲高い叫び声が聞こえて。
消え行く意識の中でも、はっきりと記憶にはこびりついた。
予定通り、水曜日の朝には北摩へと戻ることになるだろう。
残り数日となった滞在日は地元の友人と遊んだり、パソコンで授業を受けたりして過ごす。
……その前に一つ、やっておきたいことがあった。

「……誰も居ないな」
訪れたのは、もう戻るつもりのなかった自分の家。
鍵は変わっていないらしい。そらあそうか、と納得して玄関へと、2階へと進んでいく。
翼や他の友達と話して、一つ心残りができていた。
こっちへは戻らないつもりだった、と言いながら家の鍵を捨てられずにいたのだから説得力に欠けるなあ、と苦笑する。
会いに来たんじゃない。そう言い聞かせて、廊下を進む。
目的の部屋へとたどり着いて、扉を開く。
ぎい、と軋む音が静かな空間に響いた。

「…………っ、」
目に入ってきたのは、だだっ広い空間だった。
誰も住んでいない。『住んでいた』ではなく、『住んでいない』が正しい部屋だった。
……そこには。何もなかった。
ベッドも、机も、椅子も。
友達から貰った小さな置物も、修学旅行で買ったお土産も、熱を出したときに貰った手紙も。
俺がずっと大切にしてきたものの、あらゆるものが。
俺が確かにここに居たという、証拠が。
俺の部屋には、何も、残っていなかった。

「…………そう、だよな」

「……俺は、いらない子だもんな」
戻ってこないのであれば、別に何も変なことではない。
うっすらと積もった埃は、そこにあったはずの痕跡を否定するようで。
まるで、雪のようだと思った。
足跡を覆い隠して、汚れも輝きも白く綺麗に塗り替える、白銀のようだと。
身を翻して、兄の居た部屋を覗いた。
埃一つなく、私物も整理整頓された状態が残されていた。
兄の部屋は、兄がいなくなってもなお掃除の手が行き届いている。
……これが目的ではない。
探していたものはなかったけれど、諦めはつかなかった。
もしかしたら、と。期待が捨てきれなくて、あの部屋の有様を否定したくて。
母の部屋を、父の部屋を、和室を、と順番に確認していく。
棚や引き出しなどには手を付けない。何にも触れない。
触れられない。ここにはもう、俺はいない。
最後にリビングに立ち入って……見つけた。

「……! あっ……、た……」

「……いや、違う」

「兄貴のだ、これは」
―― 一つだけ、取り戻したいと思ったものがあった。
いつか裏に身を投げるつもりでいたから、それは要らないと思っていた。
もう皆には迷惑をかけない、振り返らないと北摩へ踏み込んだから、それは持っていかなかった。
けれど、表に生きて人としての生を謳歌すると決めてから。
こちらの縁も大切にしたいと糸を手繰り寄せてから。
持って帰りたかった。確かな俺自身の証明を……卒業アルバムを。

「……兄貴は、ちゃんと残っているのにな」
家に帰ってきて、初めて物に触れた。
ぱらぱらと捲り、よく見知った不愛想な面をいくつも見つけた。
期待に応えられなかった差は明白だった。
出来損ないの自分は要らない。それでもしがみつこうとした時期はあった。
軽蔑も叱咤も期待があったからなんだ。
これが親から与えられる愛なんだ。
それに応えない道を選んだのだから、自分の責任だ。
応える道を選んでいれば。『俺』はちゃんと、ここに居たのだろうか。
……そんなことを考えていたものだから、『事が起きる』まで気が付かなかった。

「―― ッ」
ゴッッッ!!
唐突に鈍い音が頭から全身に響いて、また静かになった。
そこからのことは、伝聞でしか知らない。

「~~~!! ~~~っ、~~~~!!」
けれど、女性の甲高い叫び声が聞こえて。
消え行く意識の中でも、はっきりと記憶にはこびりついた。