RECORD

Eno.1461 篠崎 駿の記録

Your Present

日曜の朝、松葉市の駅前はまだ静かだった。十一月の風がコートの襟をはためかせ、湖からの湿った冷気が頰を刺す。

俺はベンチに座り、スマホを握りしめ、雪ちゃんの到着を待つ。

俺は息を吐き、白い息が霧に溶ける。時計は九時五十五分。もうすぐ。

足音が近づく。振り返ると、雪ちゃんが立っていた。翠色の髪をハーフアップにまとめ、ニット帽をかぶり、マフラーを巻いている。手には大きな紙袋。頰が赤いのは寒さか、緊張か。

「おはよう、駿君」

「おはよう。待たせた?」

「ううん、私も今来た」

俺は自然に手を差し出す。雪ちゃんが握り返す。指が絡む。昨日より、少し大胆に。

「じゃあ、まずは商店街のブティックに行ってみない?」

商店街へ向かう。落ち葉が道を埋め、足音が柔らかく響く。雪ちゃんの歩みが軽い。時々、俺の肩に寄りかかる。

「ヨウコウ、久しぶりに行くかも」

「あぁ、俺も久しぶりだ」

ヨウコウは、松葉市が誇るショッピングモール。俺の親友の御剣 陽介の父、御剣 保さんが店長を務める。

ガラス張りの建物で、湖が見える。エスカレーターがゆっくり上昇する。

入口で、保さんが迎える。スーツ姿で、笑顔が優しい。

「お、駿君と雪ちゃんか。うちの坊主が世話になってるね」

「御剣さん、お久しぶりです」

雪ちゃんが頭を下げる。保さんが目を細める。

「ありゃあ…もしかしてデートかい?いいなあ。俺も若い頃、女房と……って、話が逸れたね。さあ、入ってくれ」

モール内は暖かく、クリスマスの飾りがきらめく。ブティックコーナーへ。雪ちゃんが服を物色する。俺も並んで。

「これ、どう?」

雪ちゃんがセーターを手に取る。グレーで、シンプル。俺のコートに合いそう。

「いいじゃん。お揃いにしよう」

試着室から出てくる雪ちゃん。セーターが体にフィットし、翠色の髪が映える。俺も着てみる。鏡に映る二人。自然に、手を繋ぐ。

「似てるね」

「うん。お揃い、嬉しい」

レジで会計。保さんが割引してくれる。

「サービスだ。うちの坊主の事よろしく頼むよ」

保さんにお礼をして、モールの散策を始めた。

まずはメガネショップに寄った。ショーケースの奥、柔らかなスポットライトに照らされたある一品が、俺の目を奪う。

細身のフレームは、雪ちゃんの髪と同じ、深みのある翠色。光を受けて、まるで湖面の波のように揺れる。

「……雪ちゃん」

「ん?」

俺は店員を呼び、ケースから取り出してもらう。手に取ると、軽い。レンズは薄い度入り——昨日、雪ちゃんが「ちょっと目が悪いから」と漏らした言葉をこっそり覚えていた。

「閉じてて」

雪ちゃんが小さく瞬きする。俺は彼女の背後に回り、コンタクトを外した素顔に、そっとメガネをかける。

フレームが頰に沿い、翠色の髪と溶け合う。彼女の瞳が、フレーム越しに大きく、澄んで——まるで初めて見た湖の底のように、透き通って見える。

「……どう?」

雪ちゃんが息を呑む。鏡の前で、ゆっくりと顔を上げる。翠色のフレームが、彼女の瞳を縁取り、まるで星を閉じ込めたみたいだ。

「綺麗……」

掠れた声。頰が、桜色に染まる。

「普段はコンタクトだけど……お休みの日とデートの日は、これでいいかな」

俺は彼女の肩に手を置き、鏡越しに目が合う。

「雪ちゃんの瞳、こんなに近くで見られるなんて……俺、幸せだ」

雪ちゃんの指が、フレームに触れる。震えている。

「駿君……」

雪ちゃんが振り返る。メガネ越しの瞳に、涙が光る。でも、笑顔だ。

「嬉しい…」

俺は彼女の頰に触れ、涙を拭う。指先が、フレームに触れる。冷たい金属が、すぐに体温で温まる。

雪ちゃんがメガネを外し、大事にケースへ。すると、彼女が小さな袋を取り出す。白いリボンがかかった、ふたつの包み。

「私からも……お礼」

俺が受け取る。一つは柔らかな布。包みを開けると、紺色のエプロン。

胸に小さなカモノハシのゆるキャラが描かれている。

「駿君、お料理上手だから…使って欲しいなって」

雪ちゃんの指が、布を撫でる。頰が赤い。

もう一つは小さな箱。蓋を開けると、ふたつのキーホルダー。ぷっくりしたカモノハシのぬいぐるみ。

よく見ると——雪ちゃんのには小さなメガネ、俺のには小さな帽子を付けていた。

「お揃い……可愛いと思って」

雪ちゃんが照れ臭そうに笑う。俺はキーホルダーを繋げる。カモノハシが並んで、ぴょこんと揺れる。

「メガネと帽子……俺たちみたいだな」

雪ちゃんが頷く。俺はエプロンをリュックにしまい、キーホルダーを鍵につける。カモノハシが並んで、ぴょこんと揺れる。

「ありがとう。ずっと、大事にする」

雪ちゃんの手を握る。指が絡む。離れない。

エプロンを受け取った瞬間、雪ちゃんの瞳が少し遠くを見るように揺れた。彼女はエプロンを俺に押しつけたまま、ふと口を開く。

「……ねえ、駿君」

「ん?」

「私…お料理、してみたいなって」

雪ちゃんの声は小さく、でも確かな熱を帯びていた。翠色の髪が、モールの柔らかな光に揺れる。

「どうして?」

「駿君の作るものっていつも温かくて、幸せな気持ちになるの。私も、そんなの作れるようになりたい」

彼女の指が、エプロンの布をぎゅっと握る。頰が、恥ずかしさで赤く染まる。

「だから……今度、お料理の勉強会、やろう? 駿君に、教えてほしい」

雪ちゃんの瞳が、まっすぐ俺を見る。メガネケースを抱えた手が、少し震えている。

「俺が?」

「うん。だって駿君、喫茶店出来る位お料理上手だし…一緒に作ったら、楽しいよね。約束、だよ?」

俺は頷く。胸が、温かくなる。

「分かった、約束だ」

雪ちゃんの笑顔が、ぱっと咲く。エプロンをリュックにしまう俺の手を、彼女がそっと重ねそのまま俺たちはモールを後にする。

駅前で別れる。雪ちゃんがメガネケースを大事そうに抱える。俺はエプロンとカモノハシのキーホルダー。

「また、今度だね」

「うん、また今度」

雪ちゃんが改札へ。振り返る。手を振る。俺も。

背中が小さくなるまで、見送る。

家に帰り、店番をしている陽介に報告。

『なかなか楽しかった』

返信。

『よし。次は俺も混ぜろ』

そのメッセージに俺は笑う、次もこんな風に過ごせるといいな