RECORD

Eno.232 月影誠の記録

11/16 ②


「…………ぅ、」


クロ
『……! 気が付いたか』



気付けば無彩色の天井が真っ先に視界に入った。
病院特有の消毒液のつんとした匂い。相棒の心配をする声。
どうやら裏世界にある治療所へと運ばれた……というより、クロが呼んでくれたらしい。

医者
「や~ 久しぶりやなあ誠君。おっきなったやん。元気やったか?」



「……少なくとも運ばれて来る前までは元気でしたよっ、――!」



起き上がろうとすれば頭に鈍痛が走り、頭を抑える。
触れれば違和感のある形状。ぱっと見では分からないが、そこそこ腫れているらしい。
ゆっくり起き上がれば多少はマシだった。ゆっくりと、頭を揺らさないように上半身を起き上がらせる。

医者
「おう怪我は治したけどもうちょい安静にしときや。
 プロやから完璧に治したったけど、物理的な痛みはもうしばらく続くわ。
 私の神秘で治す場合、痛みまで完璧に治してまうと
 認知と実際の怪我の差でバグってまうからな」


医者
「いやー、裏世界に来れんかったら死んどったやろな!
 そこらへんは自分の相棒に感謝しぃや」



この人は俺が10歳の頃にお世話になった裏世界の医師だ。
見た目は50代くらいで身なりが何かとズボラな人なおじさんで、性格は気さくで面倒見がいい。
特に俺がクロと契約を結んだ頃、不安定になっていた俺のことをよく見てくれた。
調子のいい先生だけど、治療の腕はかなりいい。信頼している人の一人だ。

医者
「あ、頭殴られたんやったな。記憶ある?
 口が回っとるよーやから問題なさそうやけど」



「……すみません、自分の名前も相棒もあなたのことも覚えてるんですけど。
 何があってこうなったんですか?」



兄の卒業アルバムを見ていたら、突然頭に鈍痛が走った。
そこからのことを何も覚えていない。意識を失っていた間の出来事を、先生に聞いた。

医者
「推測混じりなんは念頭に置いとってや。
 処置した後、何があったんか確かめよう思て誠君のうちに行ってったんや。
 そしたらあんたの母親が喚いとった。ごっつ錯乱した様子でな」


医者
「母親の傍に椅子が床に転がっとったから、凶器は椅子やったんやろな」


医者
「そんで命の危機を察したからクロが君をここに呼んだ。
 視界から逸れたタイミングで呼んだから神秘に関してはバレとらん。
 向こうも精神的におかしなっとるっぽいしな」



「……おかしくなったのは、俺のせいですか?」



「俺が……期待に応えられなかったから」


医者
「ううん、自分は悪ないよ。住居侵入罪にも問われん範疇や。
 普段は一緒に暮らしていない実家に帰るんは正当な理由やとされとるし」


医者
「そのへんを加味せんでも……
 自分の子供に殺す気で手ぇ上げるなんか、許されんことや」


医者
「大体私が関わったときから……いや、何でもない。すまんな」



優しくぽんぽん、と肩に触れられる。
笑っていたが、目を細めて眉間には皺が寄っていた。
ハの字に歪んだ眉は、なんだか泣き出しそうにも見えた。

医者
「……傷害罪に問えた。殺人未遂にも問えた。
 けど、私が治したから殺されかけた証拠はあらへん」


医者
「ほんでも、ここに呼ばへんかったら、神秘の力で治さんかったら……
 現代の医学では、変な後遺症が残ったかもしれへん」


医者
「私は、人を守る方を優先した」


医者
「……すまんな。あの親に痛い目遭わせられるチャンスやったのにな。
 犯罪の隠蔽までやってもうた」



「いえ、いいんです。俺が……家に居たのが、悪かったんですから」



「俺が…………居たから」


医者
「…………」


医者
「……表も今みたいな空模様や。
 八千代さんとこやなくて、親友のとこに帰るんやんな」


医者
「そろそろ帰ったり。きっと待っとるから」



「…………はい」





このことは、翼には言わなかった。けれど結局すぐにバレて、何があったかを話すことになった。
勿論裏世界のことは全て伏せた。上手く逃げれて病院へ駆け込んだ、命に別状はなかったと嘘をついた。


「…………卒アル、あいつらのことやからもう捨ててもたんやろなあ」



「せやろなあ。兄貴のはあって、俺のはない。それがもう答えよな」



「なあ誠、帰るん水曜早朝やんな」



「え? おう」



「よし。ほななんかあったらすぐに病院行きや。
 遅効性でやばいことんなるとかも聞いたからな」



「心配性やな。大丈夫やって言われたんやから大丈夫やって」



「……大丈夫やから、俺は」



「…………」



「……ふぅん。ほな、そういうことにしといたるわ」



「災難やったな。今日はゆっくり休もか。
 マジで異変が起きたら起こせよ。後戻りすんなよ」



「どこの出口の話や」










「…………」



「何で! 何でまだお前が居んねん!」


「お前はもうおらんねん! おらんはずなんや! おらんことにしたんや!」


「今更もう戻ってくんなや! 消えろ、死ね、この恥知らずが!!」


「っあぁああああああああ!!」




(……いなくなったからおかしくなった? 違う)



(出来の悪い人間なんて要らないから、両親は俺を居ないことにしたんだ)