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外伝 - 霧崖神代末記《 蜥蜴の尻尾切り 》


「………………………」

ちょろり

「──どちらへ行かれるのですか」

「フン、流石にバレたか。
こっそり消えてやろうと思ったのだがな」

「ツキ。
あちこちで随分暴れているようではないか。
久方ぶりに神層を覗いたが、オマエの悪口で持ち切りだな。
神の座に在りながら
『神殺し』なんぞ呼ばれる気分は如何なるものだ?」

「それも致し方なしかと。
しかし弁明するならば、
拙者は皆様方に死んでほしかったわけではありませぬ。
太陽に汚染され、荒ぶりゆく神々は、各々の使命を反故にしました。
拙者はただそれを止めたかったのです」

「永き時を経て築いた
地表との約束を壊そうとする、皆様方を」

「他の奴らは知らんが、
八小国において先に約束を反故にしたのはニンゲン共だぞ。
八小国は本来、地表生物が住めぬ程に荒ぶる火山である。
かつてニンゲン共が、
火山の在り方を捻じ曲げてでも鎮め続けてほしいと
贄を捧げたのが始まりだ。
そして、時と世代交代を経て、奴らは約束を忘れた。
贄を捧ぐことを拒んだ。
壊したのはアチラの方である」

「無論存じておりまする。
ゆえに戦い、痛み分けとなったのです。
結果的に神が退くことになるのは
神と人、その『どちらをも生かす』には
強き方を挫くしかないというだけのこと」

「共存が見込めなければ
人は地表に
神は神層に
棲み分けるしかありませぬ」

「ははあ、それで地表の神々をデスしまくって
神層にリスポーンさせるというやり口か。
いやどういうことだよ。
オマエの汚染も大概だな!」

「いいえ。
拙者は神も火徒も裏切っておりませぬ。
拙者が与えるのは試練。
神々には、足掻いてくださることを期待しました。
追い込まれ、弱さを知り、滅びを拒み、
さらなる和解や飛躍を掴み取ろうとしてくださるなら
その方が良かったのです。
残念なことに、地表に残ったのは貴方様だけでしたが」

「皆様方、『どうせ蘇るから良い』とあっさり火を手放し、
地表への興味も失いて、
神層にて享楽に耽るのみとなりまして。
もう、地表を司るという
原初の存在意義すらどうでも良いとされたのです。
地表における神の代は、
終わるべくして終わりましょう」

「ですがヤツカの君。
貴方様は唯一この地に残っていただいたお方。
氏子らの手で御神体にトドメを刺されながらも
火を絶やさぬよう、わざわざあの場から逃げ仰せた。
まさか氏子らとて、
『本体を犠牲に尾を逃がす蜥蜴』がいるとは思いますまい」

「貴方様は氏子らの飛躍を祈れるお方。
新たな人の代であっても
大地の均衡を守ってくださるに違いないと
そう信じておりまする」

「なのにどうして、
海に向かわれるのか」

「ったく傍迷惑な買い被りだな畜生めが。
第一オマエ、神もニンゲンも裏切らぬとは言うが
オマエが裏切る相手といえば一柱しか……いや、いい。
奴のことなんぞここで話してもしょうがない。
ったく、逃げ仰せはしたが
オマエとニンゲン共のせいで
我が本体……御神体は一向に目覚めんのだぞ」

「見ろ、この小さな灯火を。
これが“あの八柄神”だぞ。
八千代に続く武神の成れの果てだぞ。
再起などいつになるのかわからん」

「それになァ、勘違いしているようだが
ワタシは氏子共の飛躍を祈ったことなど無い。
奴らが成長などという不確かな物のために
幾度となく無駄足を踏んで苦労することに悦があるのであって、
育った後のことなどどうでも良いのだ」

「わかるか?
だからワタシは海に行く」

「…………………
後を濁さず、氏子に試練を与えるため?」

「なあツキよ、流石はオマエもワタシの愚息なだけはある。
悦の在処は違えど、
誰かに試練を与えることに
余念がないのはよく似ているらしい。
だからわかれよ。
オマエとワタシの仲であるし、
ちょっとえぐい拷問を手引きしたぐらい
今なら許してやるからな!」

「いいえ、ヤツカの君。
それでも霧崖の海はいただけませぬ。
濃霧に覆われた海底には入り組んだ海流と数多の門があり、
それぞれが異なる大地へ繋がりまする。
神であれ、霧崖の海に沈んだ者は二度と戻らぬと語られることを、
知らぬはずがありますまい」

「ああ、だからァ……
“そのため”だと言っておろうが」

「まだ食い下がるならば神の決闘だぞツキ。
我が名は八柄神……が、
唯一ニンゲン共に預けなかった『最後の写し身』。
八番目の尾、ハチノオ。
御神体の守護者」

「氏子共の望み通り、八小国は手放してやるさ。
ワタシが管理し鎮めておらねば溢れ出る溶岩も、
満ちる毒霧も、うねる大地も全て、全て、
奴らが己が手で制するために足掻くことを祈って!」

「そうなるまでに、
数多の無駄な死を
火山が呑み干すことを祈って」

「ワタシを止めたくばかかってこい、ツキ。
しかしまあ、今宵は暗い暗い新月。
オマエにとっては、思うように力を震えぬのが気の毒なことだがな」

「ええ──」

「左様に御座りまするな」

「うん」

「……うん?
あれはなに? 新月は? どうした暦は?」

「はい、今宵は新月です。
されど神と神との闘いに、
地表のための暦を持ち出すのは無粋ではありませぬか。
あそこに輝く月は既に、太陽の光を受ける鏡に在らず。
自ら燃え盛り、光を灯す星なれば」

「どゆこと???
今頃星詠みとかが泡吹いてるぞ!
え、これも汚染的な?
何がどうなったんだよ霧崖の月は!
あのさぁ新月ぐらいでフェアだと思うんだよねえワタシ!
こちとらただの写し身だが?
御神体よりずっと脆弱なんだが〜〜〜〜!?」

「写し身といえど、
義父君たる貴方様を相手取るには本気で臨まねばと」

「クソガキ!!」

「八柄神は——『海底の門を潜り逃げ仰せ』
月神は——『八柄神を捕らえ火を注げ』」

「定めましょう、神判を」
霧崖神代末期、当時の星詠みによって
『眠らぬ月』という天変地異が記録されました。
新月の夜、天に満月が輝きました。
夜が明けても構わず輝き続けました。
それから何日も沈むこともなく、煌々と。
霧崖の海は大きく荒れ、
魚を獲って生きる者たちは頭を抱えました。
やがて3ヶ月が経つと月はぱったり光を潜め、
正しい満ち欠けと母なる海流を取り戻したといいます。