RECORD

Eno.166 結祈伽羅の記録

八方塞り

カップがソーサーに置かれる音と共に零れるのはため息だった。

「そっか……結祈家ってのも大変だった訳だ」

他人にすべて話すのは初めてだ。
この人を信用したとか心を許したわけではない、利害の一致。

そして、もし何かあれば僕らの事を知る人が一人でもいればとそういう感傷。
その重荷を背負わすならば、好きでない人間が良かった。
……だのに意外と同情してくれるのか、あなたは。

「なぁ、伽羅さん。
 本当にそいつを何とかすれば解決する話なのか?これって。
 若干、夜呼ちゃんの抱える問題はもっと……なんというか根深くないか?」

それはそうだろう。
けれど、これを先に何とかしないと詰む。
伏戸神の加護は夜呼を守ってはいるがその性質は彼女を確実に蝕んでいる。
それでも、先に伏戸神を祓えば夜呼は別のモノに成り代わる。


「今は毒をもって毒を制している状態ってのはわかる。
 だが、あんたの説明からして……いいか?伽羅さんも阿膠さんもだ?
 どう考えてもそいつに対して冷静じゃないぞ、固執が見える」

……なら、どうしろというんだ。
荒木は姿を現さない、あれが次に式神を使わずに姿を見せるなら僕か夜呼の前だ。
もしくは一か八か、とどめを狙って最後まで喰らおうとする可能性を求めて阿膠おじさんの命を晒すか。

「それでも危険に晒すなら僕が一番適任でしょうよ」



「いや……伏戸の地下結界に古い迷い罠があるよな?
 アレをいっそ解いてしまえ。
 それが荒木を閉じ込める為の結界なんだろう?」



「そうですね。
 でもあれを解けば奴は人間の精気を喰いに確実に外に出ますよ。
 そんなのを檻から出してどうするんです?
 折角弱体しているのに一般人を危険に晒した上で逃げられるリスクを?正気じゃない」



伏戸の地下に張り巡らされた迷い罠はそもそも荒木にしか発動しない。
対象が『結祈夜呼の肉を求める者』なんて限定的な仕掛けなのだ。
それは当時は既にいなくなった存在であったし、結祈家として二代目が生じた今でも安全な仕掛けな筈だ。
解く意味がない。

「だが確実に動く。
 いいか、昔と違って表世界への出口は管理されてる。
 事情を話して怪異討伐として管理局に協力を仰げばいいんだ」



「あの子が怪異扱いされて討伐対象にならないって言いきれるのか?
 そこまで監理局は信用できるのか?僕は出来ない!」



「なるわけないだろう…
 あの子は人間だぞ?北摩に諸事情を抱えた人物がどれだけ寄せられてると思ってる。
 あんたは自分らで何とかしたいが為に疑いを盾に抵抗してるだけだ!
 管理局が信用できねぇってのがどれだけ冷静でない事なのか自覚しろよ」



「それでも荒木は結祈の獲物です。僕らだけのあの人だ」



嗚呼、自分で言っていてもおかしいのが分かる。
それでも、それでもだ。譲れない。

「と……僕らの命を天秤にかけても曲げれない呪い願いなんですよ。
 なのでね?最初の貴方が持ち込んだ案でお願いします。陣内さん」



「考えさせてくれ。
 ……くそ、伏戸教があんたらだけならもうとっくに管理局に全部話してるんだがな。
 そうするべきなんだ本来は」



頭を抱える客人を眺める。
さて強引にでも動かなきゃ八方塞りだ。

────夜呼、君はあとどのくらい君で居られるんだろうか?
それとも実は既に時間切れなのだろうか。

それすら本来は第三者である伏戸神の手の上で嫌になる。