RECORD

Eno.1461 篠崎 駿の記録

IDOLOS・HAYES

雪は相変わらず降り続いていて、店の前はいつも雪かきから一日が始まる。

「陽介、今日もお店頑張ってね~イドロも一緒に♪」

雪ちゃんが朝イチでそんなことを言ってきた瞬間、俺は嫌な予感しかしなかった。

案の定、昼過ぎに店が暇になったタイミングで雪ちゃんがニコニコしながら連絡してきた。

「ねえ陽介、イドロにちょっと店のお手伝いさせてみない?面白そうじゃない?」

「は?冗談だろ。あいつ、客の前でやらかしたらどうすんだよ」

「大丈夫大丈夫、安全装置は完璧に効いてるし~」

……信じるかよ。

でも雪ちゃんの「お願い~」攻撃に根負けして、結局俺はイドロを連れて厨房に入ることになった。

「イドロ、今日は店の手伝いをしてもらうぞ」

「了解であります!どのような任務でしょうか?」

「……任務って言うな。普通に掃除と具材チェックだ」

まず俺は、店の奥の倉庫から予備のエプロンと白手袋を出してきた。

「ほら、これ着けろ。従業員らしくないとダメだ」

イドロは一瞬キョトンとして、それから真剣にエプロンを受け取った。

「エプロン……でありますか。着用してみます」

白いエプロンを頭からかぶって、腰の紐を後ろで結ぼうとするけど、どうにも上手くいかない。

「陽介様、後ろが……」

「貸せよ」

俺が後ろに回って紐をキュッと結んでやると、イドロの背中がちょっとビクッとなった。

「……ありがとうであります」

次に白手袋。

小さな手をスルリと通して、指先まできっちり伸ばす。

白い手袋に包まれた細い指が、妙に綺麗に見えた。

「……どうしたんですか、陽介様?」

「いや、なんでもねぇ。似合ってるなと思って」

似合ってるって言った瞬間、イドロの耳がほんのり赤くなった気がした。

気のせいか。

「それじゃあ、まずは掃除だ。床とカウンター周りを拭いてくれ」

「了解!」

イドロはモップを手に持つと、まるで訓練でも受けてるみたいにピシッと姿勢を正した。

そして──

ものすごいスピードでモップを動かし始めた。

「ちょ、待て!そんな速くしたら床が傷つく!」

「ですが効率が……」

「普通にやってくれ!普通に!」

結局、俺が横で「もっとゆっくり」「そこもう一回」「水滴残ってるぞ」とか言いながら指導することになった。

不思議と、教えるの悪くなかった。

次は具材のチェック。

冷蔵庫を開けて、野菜や肉の状態を見せる。

「キャベツはここを持って、こうやって葉っぱをめくって傷んでないかチェックするんだ」

「なるほど…こうでありますか?」

イドロが真似してキャベツを手に取る。

白手袋の指が、葉っぱを一枚一枚を丁寧にめくっていく。

「……陽介様、このキャベツは外側三枚が少し変色しています。使用は可能ですが、サラダには不向きであります」

「おお、よくわかったな」

「匂いと色のデータベースを照合しました」

「……普通に目で見てくれ」

でも確かに正しい。

次は豚肉。

「こっちは色と匂いで鮮度を──」

俺が言い終わる前に、イドロが豚肉のパックを手に取ってクンクン匂いを嗅ぎ始めた。

「おい!パックのまま嗅ぐなよ!」

「しかし匂いは重要な指標であります」

「だからって顔近づけすぎだろ!」

イドロ、完全にパックに顔をくっつけてる。

白い手袋でパックを押さえてる姿が、なんか小動物みたいで笑えた。

「……陽介様?」

「いや、なんでもない。で、どうだ?」

「鮮度良好であります。ドリップも少なく、色も綺麗です」

「よし、合格」

そんな感じで一通りチェックを終えた頃、ちょうど客が入ってきた。

常連のおばちゃん。

「あら、今日は可愛い子がお手伝いしてるのね~」

「あ、いえ、これは……」

俺が慌てて言い訳しようとした瞬間、イドロがぺこりとお辞儀した。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でありますか?」

おばちゃんが目を丸くしてる。

「まあ!なんて可愛いの!お名前は?」

イドロは一瞬だけ俺をチラ見して、それからにこっと笑った。

「私、イドロス・ヘイズと申します。本日よりアルバイトとしてお手伝いさせていただいております。よろしくお願いいたします」

「……ヘイズ?」

俺も思わず聞き返した。

イドロは小声で補足してきた。

「本棚にあったミステリー小説の登場人物から頂いたであります」

ああ、『アリエスの謎シリーズ』か……

イドロは真剣そのものでメニューを指差した。

「本日のおすすめはキッシュロレーヌであります。卵とベーコンのバランスが絶妙で、付け合わせのサラダには自家栽培のルッコラを使っております。新鮮であります」

「……おお、流暢!」

「嬉しいであります」

結局おばさんはキッシュとコーヒーのセットを注文し、さらに「イドロスちゃんが運んでくれないかしら~」と甘えてきた。

俺が「危ないから俺が……」と言いかけたけど、イドロは既にトレイを抱えて優雅に運んでいく。

白エプロンと白手袋の姿で「どうぞごゆっくり」と微笑むイドロを見て、ミッチーさんはもうデレデレだ。

白いエプロンと手袋が妙に板についてて、完全に店の従業員に見える。

おばちゃんは大満足で料理を食べた後、会計を行う

レジ打ちしてる俺の横で、イドロが小声で言った。

「……陽介様、私、ちゃんとできてましたか?」

「ああ、完璧だ」

その瞬間、イドロが本当に嬉しそうに笑った。

白い手袋を握りしめて、ちょっと跳ねてる。

「……やったであります」

なんか、胸が熱くなった。

夕方、店を閉めて片付けしてる時。

俺が最後のゴミ袋を縛ってると、イドロがエプロンを脱ぎながら言った。

「今日も楽しかったであります。陽介様と一緒にいると、毎日が新しいデータで……いえ、新しい体験でいっぱいであります」

「……お前なあ」

俺は思わず頭を撫でてやった。

「また明日も手伝わせるからな」

「はい!喜んで!」

外はもう真っ暗で、雪がしんしんと降ってる。

店の明かりを消して、二人で二階に上がる途中。

「……陽介様」

「ん?」

「エプロン、また着けてもいいですか?」

「……好きにしろよ」

イドロがほんとに嬉しいそうに笑うから、俺も釣られて小さく笑っちまった。

こいつと過ごす日常てのもやっぱり、悪くねぇな。