RECORD

Eno.1461 篠崎 駿の記録

A day with you

今日から十二月が始まった。

あと今年も残り少ないというのは理屈では分かるがなかなか実感出来ないものだ。

月曜の朝は冷たいけど晴れていた。松葉市の駅前広場、時計が十時を指す頃、俺はベンチに座って待っていた。コートのポケットに手を突っ込み、吐く息が白く消える。

雪ちゃんが少し遅れて走ってきた。白いニットにチェックのマフラー、頰が赤い。

「ごめん、電車がちょっと……」

「大丈夫。ちょうど今来たところ」

立ち上がると、雪ちゃんが俺の腕をそっと掴んだ。自然に指が絡まる。もう、ぎこちなくなんてない。

「今日は……どこ行こうか」

「まずはヨウコウ? それとも商店街のブティックから?」

雪ちゃんが少し考えて、にこっと笑う。

「どっちも行きたい。今日は一日、駿君と一緒だから」

その一言で、胸が熱くなった。

最初に寄ったのはヨウコウ。エスカレーターを上がると、暖かい空気が包む。ウィンドウに並ぶ冬物が、柔らかそうな光を放っている。

「ねえ、あれ可愛い」

雪ちゃんが指差したのは、グレーのニット。シンプルだけど、首元に小さなリボンがついてるやつ。

「着てみたら?」

「うん。でも……駿君も一緒に」

試着室の前で待ってると、雪ちゃんがカーテンを少し開けて顔を出す。

「どう?」

出てきた雪ちゃんは、ニットがぴったりで、翠色の髪が映える。リボンがちょっと甘くて、でも雪ちゃんらしくて。

「似合うよ」

「ほんと? じゃあ…駿君も同じ色、着てみてよ」

「え、俺も?」

「うん。お揃い」

結局、俺も同じグレーのニットを試着した。鏡に映る二人、並んでると本当にカップルみたいで、照れくさくて笑ってしまう。

「買おう」

「うん!」

レジで、店員さんが微笑みながら袋に入れてくれる。

「カップルさんですか? お揃い、素敵ですね」

雪ちゃんが頰を赤くして、俺の腕にぎゅっと掴まる。

次は商店街の小さなブティック。昔からある店で、母さんもよく来てたって雪ちゃんが言ってた。

店内は暖炉の薪がパチパチ鳴ってて、古い木の匂いがする。奥の棚に、黒と白のペアマフラーがあった。

「これ、どっちがどっち?」

「雪ちゃんは白、俺は黒で」

「えー、逆がいいな。私、黒が好きなんだ」

「じゃあそれで」

マフラーを首に巻いて、鏡の前で並ぶ。雪ちゃんが俺のマフラーに手を伸ばして、ふわっと巻いてくれる。

「似合う」

「お前も」

店のおばさんが、目を細めて見てた。

「若いっていいねぇ。昔、旦那とこんな風に選んだことあったわ」

雪ちゃんが照れ笑いする。俺たちはマフラーと、ついでに同じデザインのミトンも買った。

外に出ると、もう昼近い。商店街の空は高い青。落ち葉が風に舞う。

「ねえ、お腹すいた」

「松葉珈琲、行かない?」

「うん!」

手をつないで歩く。マフラーをしてお揃いのニットを着て、もう完全に恋人同士だ。

溝口さんの店に入ると、いつものベルが鳴る。

「お、また来たか。今日は随分と……お揃いだな」

溝口さんがにやりと笑う。カウンターに座ると、雪ちゃんが嬉しそうにマフラーを見せる。

「見て見て! 今日、駿君と一緒に買ったの!」

「ほう、似合ってるじゃねえか。恋人らしくなってきたな」

コーヒーを飲みながら、今日買ったものを全部見せびらかす雪ちゃん。溝口さんが笑って聞いてくれる。

「溝口さんも、昔は奥さんとこんなことしたんですか?」

雪ちゃんが聞くと、溝口さんが少し遠い目をして、頷いた。

「ああ……したさ。喧嘩ばっかだったけどな」

俺と雪ちゃんは顔を見合わせて笑った。

店を出る頃には、もう夕方近く。西の空がオレンジに染まり始めていた。

商店街の通りを抜けて、駅へ向かう道。お揃いのマフラーから、それぞれの息が白く混じる。

「今日は……本当に楽しかった」

雪ちゃんがぽつりと言って、俺の肩にそっと頭を寄せてくる。

俺は雪ちゃんの肩を抱き寄せて、ゆっくり歩いた。落ち葉が靴底でカサカサ鳴る。

信号が赤になった。二人して立ち止まる。

風が少し強くなって、雪ちゃんの翠色の髪が頰にかかった。

俺が手を伸ばして髪を直してやろうとした瞬間、

雪ちゃんがふっと顔を上げて、

俺の頰に、ちゅっ、と。

唇が触れた。

冷たい雪の粒みたいな、軽くて柔らかいキス。

「……っ!???」

思わず息を飲んだ。心臓が一気に跳ね上がる。

雪ちゃんはすぐ離れて、俺を見上げてる。瞳がいたずらっぽく細まって、頰は真っ赤。

「不意打ち、ごめんね」

小声で言って、くすくす笑う。

俺はまだ固まったままで、頰に残る柔らかい感触と、ほんのり甘い匂いに頭が真っ白。

「……ずるいだろ、そんなの」

やっと声が出た。掠れてる。

「えへへ」

雪ちゃんが俺のマフラーに顔を埋めて、ぎゅっと抱きついてくる。

信号が青に変わった。でも、俺たちはしばらくその場に立ち尽くしていた。

やがて、雪ちゃんが顔を上げて、にこっと笑う。

「……また、してあげてもいいよ?」

「今度はちゃんと覚悟しとく」

俺がそう答えると、雪ちゃんは嬉しそうに俺の手を握り直して、歩き出す。

駅までの道、俺の頰はまだ熱かった。

改札前で、今日も抱きしめ合って。

「じゃあ……また今度」

「ああ」

雪ちゃんが振り返って、小さく手を振る。

俺は頰に手を当てたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。

……やばい。本当に、やばい。

これからも、こんな日が続くんだ。

俺は笑いながら、夜の道を歩き出した。

お揃いの袋と、頰に残るキスの感触を抱えて俺は家に帰った。

家に着いたのは夜の十時過ぎだった。

鍵を回して玄関に入ると、リビングの灯りは消えたままだ。父さんは相変わらず事件で泊まり込みらしい。

靴を脱ぎ、階段を上がって自分の部屋へ。

買い物袋を床に置いた瞬間、膝から力が抜けて、そのままベッドに倒れ込んだ。

枕に顔を埋めて、両手で頭を抱える。

「……はぁ〜〜〜!!」

声が漏れた。二十歳にもなって、こんなに悶えるなんて。

頰がまだ熱い。耳まで真っ赤だ。

雪ちゃんの、あの不意打ちのキス。

冷たいのに、柔らかくて、ちょっと湿ってて、リップの甘い香りがして。

思い出しただけで胸がバクバクする。

「ずるいだろ〜!!」

枕に顔をぐりぐり押し付けて、足をばたばたさせる。

「いきなり頰にキスとか反則だろ……!俺、心臓止まるかと思った……!」

布団にくるまって、ゴロゴロ転がる。

「……やばい、本当にやばい」

声が勝手に漏れる。恥ずかしいけど、一人暮らし同然だからいい。

スマホを取り出して、雪ちゃんとのトーク画面を開く。

『ちゃんと帰り着いたよ。今日は本当にありがとう』

さっき送ったメッセージの下に、雪ちゃんから返事が来てる。

『私も今帰ったところ。まだドキドキしてる……不意打ち、ごめんね- ̗̀ ꪔ̤ ̖́-‬』

最後の絵文字でまた悶絶。

「うわぁ〜〜!!」

枕を叩いて、仰向けになる。天井がぐるぐる回ってる気がする。

頰に手を当てる。あの感触が、まだ残ってる。

「……次、会ったら、どう顔見りゃいいんだよ」

同じ松葉市にいるから、こうして週末は会える。

でも、それでも。

「……でも、嬉しかった」

布団を頭まで被って、小さく笑った。

雪ちゃんのキスと、お揃いのマフラーと、二十歳になって初めての「恋人らしいデート」の全部を胸に抱えて。

次のデートが、待ち遠しくて仕方なかった。

俺はスマホを握りしめたまま、幸せすぎて、なかなか眠れなかった。