RECORD

Eno.1461 篠崎 駿の記録

At least be human

あれから数日、俺の部屋は完全にイドロの居住スペースと化してる。

最初は「指から銃が出る兵器と二人きりとかマジ勘弁」って本気で震えてたけど…まあ、慣れるもんだ。

朝の7時半。

俺が寝ぼけ眼でキッチンに立つと、すでにエプロン姿のイドロが立ってる。

「おはようございます、陽介様。本日の朝食は目玉焼きとサラダであります」

「……お前、起きてたのかよ」

「はい。雪様から『陽介様は寝坊助だから先に起きろ』と指令を受けております」

余計なお世話だっつうの……

でもまあ、飯は美味い。目玉焼きは黄身がトロトロで、塩加減も完璧だ。

俺が「うまい」って呟いたら、イドロの顔がぱっと輝いた。

「やったであります、記録更新であります」

……なんか可愛いな、こいつ。

そんなこんなで長い一日が始まった。

午前中は、店の裏にある小さな菜園の手伝わせた。

実際に店で使う野菜でそろそろ雑草が伸び始めたので雑草の処理と種まきをする予定だった。

畑に来るとイドロが目をキラキラさせて土に触り始めた。

「これが土の感触……データではわかっていたつもりでしたが、実際はもっと複雑であります」

「お前、土いじりとか初めてだろ。大人しく見てろって」

「いえ、私もお手伝いします」

……結果、俺の倍の速さで雑草抜いて、種まで蒔き終わらせてた。

しかも完璧な間隔。定規使ったのかってくらい綺麗に。

「これでよろしいでしょうか?」

「……お前、農業機械としても優秀だな」

「褒め言葉と認識しました!」

日差しが強くなってきた頃、イドロが急に俺の腕を掴んだ。

「陽介様、危険であります!」

「は?」

次の瞬間、頭上から何か落ちてきてた感覚がした。

その正体はでっかいカマキリだった。おそらく、野菜の葉にいたのだろう。

「うわぁぁぁっ!?」

俺が暴れると同時に、イドロが指をピッと向ける。

「待て!安全装置は——」

「安全装置は人間には発射しませんが、カマキリは昆虫であります」

「やめろおおおおお!」

慌ててカマキリを手で払ったら、イドロが申し訳なさそうに指を下ろした。

「……失礼しました。過剰反応であります」

「……お前、マジで怖ェよ」

でも、なんか笑えてきた。

なんだか色々あったけど何とか畑仕事を終えた俺たちはスーパーへ向かうことにした。

カートを押してる俺の横を、イドロがぴょこぴょこと歩く。

「陽介様、これがキャベツでありますね?重さは約1.2kg、鮮度も良好です」

「うるさい、黙ってカゴに入れろ」

野菜コーナーで、イドロが急に立ち止まった。

「……陽介様。あれは」

指差す先には、でっかいズワイガニが水槽で暴れてる。

「おぉ〜カニであります。甲殻類。敵性反応……弱」

「お前、カニにまで戦闘反応すんのかよ」

「でも、美味しそうであります」

……結局、カニ高いから却下したけど、イドロが本気で残念そうな顔してた。

レジで、俺が財布出してる間に、イドロが店員さんに話しかけてた。

「このバーコードは、どのような仕組みで金額を読み取るのでありますか?」

店員さん、苦笑いしながら説明してる。俺、恥ずかしくて死にそうだった。

何とか買い物を終え、俺たちは帰宅した。

夕方、部屋に戻ってから。

俺が「宿題やれよ」って言ったら、イドロが真剣な顔で教科書を開いた。

「陽介様、現代文を教えてください」

……仕方ないな。

俺、現代国語はまあまあ得意なんで、解説始めた。

「いいか、この小説のテーマは『孤独』でさ、主人公がずっと一人で——」

「陽介様」

「ん?」

「この主人公、実は殺人犯なのでは?」

「……は?」

「ほら、ここ。『夜の闇に溶け込むように歩く』という表現。これは死体を運んでいる可能性が——」

「違うって!それはただ普通に散歩してるだけだって!」

「でも『誰も気づかない』って書いてあります。これは完全犯罪を示唆して——」

「ミステリーに持っていくなって!作者泣くぞ!?」

一時間くらい格闘した結果、テーマは「孤独」から段々と「完全犯罪の心理」に完全に脱線した始めた。

しまいにはイドロが真剣な顔で推理始めた。

「犯人は義姉であります。動機はおそらく保険金目当てに襲ったと思われ。凶器は氷で——」

「それ『時計じかけの氷』じゃねぇか!もうやめようぜ現代文!」

俺、完全に疲れて机に突っ伏した。

イドロが申し訳なさそうに頭を下げる。

「……すみません。私、ミステリー小説のデータが多すぎて」

「……お前、どんだけアリス・クリスティの本読んでんだよ」

イドロのとんちんかんな推理に気が滅入ったので休息がてらトランプをする事にした。

俺がババ抜きを提案したら、イドロが目を輝かせた。

「ババ抜きでありますね?負けませんよ」

……結果は、悲惨だった。

俺がババ引くたびに、イドロが「陽介様、また引きましたね」とか言うんだよ。

しかも、こいつ、表情が全く読めない。

ポーカーフェイスどころか、常に無表情でニコニコしてるだけ。

「次はこれ……どうぞ」

俺は息を飲み、震えながら引く

ババ。

またババ。

三回連続でババ引かされて、俺がキレた。

「お前、絶対イカサマしてるだろ!」

「してません。確率操作はしておりません」

「じゃあなんで俺ばっかババ引くんだよ!」

「運が悪いだけ……であります」

最後の最後、俺がババ持ったまま終了。

イドロが満面の笑みで手を掲げた。

「私の勝ちであります」

「……もう寝る」

俺が布団に潜り込むと、イドロが小声で。

「陽介様、今日も楽しかったです」

……まあ、確かに。

なんか、腹立つのに、笑っちまうんだよな。

窓の外、今日も雪が降ってる。

部屋の中は、ストーブの音と、イドロの小さな寝息。

……ったく。

こんな日常が、いつまで続くんだろうな。

でも、まあ。

悪くねぇか。

俺は布団の中で、そっと微笑んだ。